最近、我が国では政府のインテリジェンス能力の強化に向けた動きがあり、2026年3月13日には「国家情報会議」と「国家情報局」を創設する法案が閣議決定されました。この国家情報局長と対比されるのは、米国の国家諜報長官DNIです。DNIは諜報コミュニティの長Headとして、諜報コミュニティ運営のために、情報のアクセス権限のほか、人事、予算編成、任務付与、情報配布その他広汎な権限を持ち、関係機関を拘束する規則制定権も保持しています。
DNIの権限の法源は、1947年制定の国家安全保障法と1984年制定の大統領命令EO12333「合衆国諜報活動(US Intelligence Activities)」です。2004年のDNI創設以来、国家安全保障法とEO12333はしばしば改正され、その度にDNIの権限が強化されて来ました。DNIは創設当初の諜報コミュニティの調整者から、現在は最高経営責任者CEOになったと言えるでしょう。DNIは、国家情報局長とは比較にならない強力な権限を保持しているのです。 権限の詳細は4月発売の『軍事研究』に寄稿しましたが、本トピックではその骨子を紹介します。詳細は『軍事研究』を御覧下さい。
1 「国家インテリジェンス」の定義
国家安全保障法3条(合衆国法典50篇3003条)には「国家インテリジェンス」の定義規定があり、①2以上の政府機関(agency)に係わる、②(国土安全保障を含む)国家安全保障に係わるインテリジェンスです。諜報源の種類、収集場所の国内外を問わず、米国の国民・財産・利益に対する脅威、大量破壊兵器に係わる情報を含みます。狭義の対外諜報にとどまらず、米国内におけるインテリジェンス活動や防諜活動も含む幅広い概念です。
この定義は、インテリジェンスの「機能」に関する定義であって、組織の帰属とは関係がありません。従って、CIAは当然として、国防総省傘下のNSA、NGA、NRO、DIA、司法省傘下のFBIなども国家諜報を担当する主要機関です。なお、NSA、NGAなど国防総省傘下の機関は、国家諜報任務を負っていますが、同時に軍司令官の作戦支援など軍諜報任務も負っています。つまり、同一組織が国家諜報任務と軍諜報任務の両方の任務機能を有しているのです。
2 情報アクセス権限
合衆国法典50篇3024条(b)項は、DNIが全ての「国家インテリジェンス」に対してアクセス権を有すると規定していますが、EO12333は、より広く且つ強いアクセス権を定めています。即ち、アクセスの対象が、「国家インテリジェンス」にとどまらず、職務遂行上必要とされる全ての情報に及び(Part 1.3(a))、且つ、関係省庁の長官に対してアクセス提供の義務を課しているのです(Part 1.5(a))。
DNIが、必要とする諜報コミュニティ内のあらゆる情報とインテリジェンスにアクセスできることは、諜報コミュニティ運営のために必要な基本中の基本です。法律と大統領命令は、これを疑問の余地なく定めているのです。
3 人事権限
EO12333のPart 1.3(d)(e)は、DNIに諜報コミュニティ運営のため広汎な人事権を与えています。DNIは、各諜報機関のトップ人事について、選任の同意又は協議を受ける権限、また、罷免を勧告する権限を持っています。官僚組織において、権力の源泉は、人事と予算ですから、これは極めて重要です。
(1)選任にDNIの同意が必要な職(Part 1.3(d)):NSA長官、NRO長官、NGA長官、国土安全保障省諜報・分析担当次官、国務省諜報・調査(INR)担当次官補、エネルギー省諜報・防諜担当次官補、財務省諜報・分析担当次官補、FBI国家安全保障部門(NSB)担当次長補。
(2)選任の際のDNIとの協議が必要な職(Part 1.3(d)):国防総省諜報・保全担当次官(USD(I&S)、DIA長官、陸海空軍・海兵隊の諜報部門トップ、沿岸警備隊諜報担当副司令官、司法省国家安全保障担当次官補。
(3)罷免の勧告権(Part 1.3(e)):DNIは、上記の職にある者について、大統領又は任命権者に対して、罷免を勧告することができます。
(4)人員の異動・配置転換権限:DNIは、法3024条(e)項により、諜報コミュニティ内で一定の人員の異動・配置転換の権限があります。予算年度途中でも、国家諜報長官室に新しいセンターを開設したり、インテリジェンス機関の間で配置転換をしたりできるのです。諜報コミュニティにおける柔軟な定数管理が可能となっています。米国のプラグマティズム、実用主義の顕れです。我が国の「静的な」定数管理制度とは大きく異なります。
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4 予算の編成と執行権限
官僚組織において、もう一つの権力の源泉である予算に関する権限を見てみましょう。DNIは、「国家諜報計画(NIP)」予算に責任を負っています。2025会計年度のNIP予算額は733億ドル、日本円にして約11兆円という巨額予算です。その予算の執行機関は、国家諜報長官室、CIA、NSA、NGA、NRO、DIA、FBIなどの主要インテリジェンス機関のほか、国務省、エネルギー省、国家安全保障省、財務省に及んでいます。DNIは、その予算策定だけでなく、関係省庁の長に対して、NIP予算の割当てと配分を指示し、その実施と執行を監督するなど、同予算の執行に責任を負います。更に、DNIは、一定金額の範囲内で、NIP予算の費目振替や使途変更を行うことができます。(法3024条(c)(d)項)
また、DNIは、「軍諜報計画(MIP)」の予算策定にも参加しています。MIP予算は、軍事作戦遂行のための予算であり、国防長官の所管ですが、国家諜報も軍諜報も相互に関連しているために、DNIの参加が定められているのです。2025年度のMIP予算額は278億ドル(4兆円超)です。
なお、予算策定においてDNIの武器となるのが、2003年に開始された「国家諜報優先順位枠組」(後述)と言われています。即ち、この枠組に照らして各諜報機関の予算案の適否を検討することにより、DNIの予算権限が行使し得ると言われている。
5 優先順位設定・任務付与・情報配布の権限
DNIの優先順位設定や任務付与の権限は、法3024条(f)項(1)号(A)やEO12333 Part1.3(b)(1)(17)(18)などに次のように規定されています。
① DNIは、国家インテリジェンスの適時且つ効果的な収集・処理・分析・配布を確保するため、諜報コミュニティのために目標・優先順位・指針を設定する。
② DNIは、国家インテリジェンスの収集・分析・作成・配布についての、要求と優先順位を決定し、(収集アセットに対する)任務付与を管理指揮する。
③ DNIは、諜報コミュニティ内の、収集要求及び国家収集アセットに対する任務付与を巡る対立を解決する。
④ 国家諜報計画外のインテリジェンス活動について、助言的(収集アセットに対する)任務付与を提供する。
本規定は、インテリジェンス活動の目標や優先順位の設定、収集アセットに対する任務付与権限についての基本規定であり、DNIに強力な権限を与えています。DNIは、この権限を「国家諜報優先順位枠組」(National Intelligence Priorities Framework: NIPF)によって管理しています。即ち、NIPFとは、情報関心を事項別、国別に区分して優先順位を5段階で示したものです。DNIは、このNIFP枠組に基づき、各インテリジェンス機関において優先順位の設定と任務付与が適切になされているかを、管理しているのです。NIFP枠組によって、米国諜報コニュニティ全体の諜報活動の方向性を管理できるのす。
但し、これには例外があり、大統領の指示は上記に優越します((f)項(1)号(B))。つまり、大統領の情報需要が最優先されるのです。大統領が知りたいと言えば、「他に如何に重要な収集目標があろうとも、大統領の情報関心が最優先される」のです。
更に、DNIは、インテリジェンス情報の配布に対しても、指針を定める権限を持っています。先に示した①②の規定に基づくほか、EO12333には次の規定(Part1.3 (b)(9))があります。
〇 DNIは、関係省庁の長と協議の上、諜報コミュニティのため、全てのインテリジェンス及びインテリジェンス関連情報(最終形態のみならず初期収集形態を含む。)へのアクセス及び配布に関する指針を策定する(要旨)。
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6 その他の権限
DNIの権限は、上記の他にも様々な権限がありますが、その内、興味深いものを以下に列挙します。その多くは法3024条に規定されています。
(1)国家インテリジェンス・センターの設置と監督((f)項(2)号)
(2)人事政策や人事計画の策定((f)項(3)号)
(3)責任検証調査((f)項(7)号)
(4)内部脅威対策の推進((f)項(8)(9)号)
(5)インテリジェンス情報の共有の推進((g)項(1)号)
(6)ITアーキテクチャに関する権限((g)項(1)号)
(7)秘密情報に関する統一手順を定める権限((j)項(1)号)
(8)秘密工作の監督権(EO Part1.3(b)(3))
(9)外国諜報機関との渉外権限(EO Part1.3(b)(4))
7 DNIの規則制定権
DNIは、法3024条及びEO12333Part1.3で与えられた権限を行使するために規則制定権を有すると理解されており、ICD(Intelligence Community Directives:IC指令)という名称の規則が多数発出されています。更に、その下部規則として、ICPG(IC政策指針)やICPMs(IC政策覚書)があります。DNIのウェブサイトに開示されているIC指令は50本以上及び、DNIの権限の広汎なことが理解できます。その一部を次に紹介します。
〇 ICD104「NIP予算の策定・執行・成果評価」
〇 ICD203「分析基準」
〇 ICD204「国家諜報優先順位枠組」NIPF
〇 ICD207「国家諜報会議」NIC
〇 ICD404「行政府インテリジェンス顧客」(顧客との接触窓口など)
〇 ICD405「諜報外交」(外国政府との諜報協力)
〇 ICD700「国家諜報の保護」
〇 ICD701「秘密情報の漏洩対策」
〇 ICD703「機微区画情報を含む秘密情報の保護」
〇 ICD704「人的保全基準及び機微区画情報へのアクセス適格性」
〇 ICD710「秘密区分管理及び配布統制表示制度」
〇 ICD750「防諜諸計画」
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上記のほか、DNIは、合衆国法典50篇3162a条によって、連邦政府の保全統括責任者(Security Executive Agent: SecEA)に指定され、諜報コミュニティのみならず、政府全体の保全について責任と権限を有しています。本業務に関する行政規則はSEAD(SecEA Directives:保全統括責任者指令)と呼ばれています。その一つにSEAD4「国家安全保障審査指針」がありますが、これはセキュリティ・クリアランスの審査指針を定める規則です。
終りに
以上、DNIの主要な権限を見てきました。法律や大統領命令によって如何に広汎且つ詳細な権限を付与されているか、理解できたでしょうか。DNIは、このような広汎な権限を行使して、米国の諜報コミュニティを運営しているのです。