米国における行政通信傍受の法的構造

 米国政府による行政通信傍受に関するの法的根拠について、概略を説明します。 米国政府は、国家安全保障目的のための現実の必要に迫られて、無令状による行政通信傍受を遅くとも19世紀中葉以来、秘密捜索は遥かそれ以前から実施してきました。但し、これらは秘密裡に実行されて来たため、その法的根拠については、当初はそれ程議論されていなかったようです。 20世紀、特に第二次世界大戦後になってから、国家安全保障目的の行政通信傍受や秘密捜索の法的根拠が盛んに議論され、連邦裁判所の判決も出るようになり、現在では基本的に次のように考えられています。

1 行政通信傍受の憲法上の根拠

 米国憲法第2章によって、行政権は大統領に付与されています。即ち、大統領は行政府の長であり、軍最高司令官であり、対外関係の責任者です。そして大統領に付与された行政権には「本来的な権限(inherent powers)」が含まれると解釈されています。特に、大統領は対外関係(foreign affairs)の責任者ですので、その責任を果たすために、当然に対外諜報(foreign intelligence)を実施する本来的な権限を保有すると解釈されています。

 また、大統領の国家安全保障のための広汎な権限の根拠として、その就任宣言を上げる説もあります。即ち、憲法第2章第1条によれば、大統領就任時の宣誓文には「私は、合衆国大統領の職務を忠実に執行し、全力を尽して合衆国憲法を保持し、保護し、擁護することを厳粛に誓います。」の句が含まれますが、これは、国家の安全保障が大統領の任務であると共に権限であることを示していると解されています。言ってみれば、任務規定或いは義務規定をそのまま権限行使の根拠規定と解釈しているのです。

 米国行政府は、憲法が大統領に付与した行政権に基づく本来的な権限として、国家安全保障のための諜報活動は議会の制定する法律の根拠なしに行うことができると解釈して且つ実行してきました。そして米国政府は、第2次世界大戦前から戦後に至るまで、国家安全保障目的の行政通信傍受を、広汎に、法律の授権なしに、且つ裁判所の令状なしに、実施してきました。 

 なお、司法通信傍受に関しては、1968年総合犯罪対策・街路安全法(Omnibus Crime Control and Safe Streets Act of 1968)によって、合衆国法典第18篇第1部第119章が新設されました。これは司法通信傍受に関する前年1967年の米最高裁判決(カッツ事件)によって、通信傍受が連邦憲法修正第4条「不合理な捜索押収の禁止」でいう「捜索押収」に当たると明示されたため、司法通信傍受制度を創設し且つ同章以外の通信傍受の禁止を定めたものです。ただし、同時に、行政通信傍受については同章の制約が適用されないことを確認していました。即ち、当時の同章第2511条第3項は「本章…の規定は、…合衆国の安全保障に不可欠な対外諜報情報を得るために…、大統領が必要と考える措置を採ることができる大統領の憲法上の権限を制限するものではない。」と規定されていました(いわゆるnational security exemption)。 そのため、その後も、米国政府、特にFBIは国家安全保障目的の行政通信傍受を、無令状で実施し続けました。ただし、無令状による行政通信傍受は、大統領権限に基づくものですから、大統領又は大統領から権限の委任を受けた司法長官の承認の下に行われました。

 これに対する連邦裁判所の立場ですが、1970年代の国家安全保障関連事件の連邦控訴審において、大統領権限による対外諜報目的の無令状・行政通信傍受を合憲とする判決が続出しています(少なくとも4件)。何れも被告人側からの上告は不受理ととなっており、連邦裁判所は、基本的に上記の米国行政府の憲法解釈を是認していると考えられます。

2 行政通信傍受に関する現在の法の全体構造

 現在米国における諜報活動についての基本規程は、1981年制定の大統領命令第12333号「合衆国諜報活動」(Executive Order 12333: United States Intelligence Activities)です。従って、諜報活動の一部として国内外で行われるシギント活動(行政通信傍受)も本大統領命令に基づいて行われています。

 ところで、上述したとおり、司法通信傍受に関する1967年米最高裁判決において、通信傍受は連邦憲法修正第4条「不合理な捜索押収の禁止」でいう「捜索押収」に当たると判示されています。その結果、国内における行政通信傍受においては、同条が規定する裁判所令状は不要としても、同条でいう「不合理な捜索押収」には当たらない制度的枠組の構築が必要とされました。そこで当初「合理的な捜索押収」の制度的枠組としては、行政府内での手続(大統領又はその代理人たる司法長官による承認、傍受対象の特定、対外諜報目的)に求められていました。 その後ニクソン政権による連邦権限の濫用を受けて、1978年に対外諜報監視法(FISA: Foreign Intelligence Surveillance Act)が制定されたため、現在は同法がその制度的枠組を担っています。

 ここで、重要なことは、対外諜報監視法は、国内における行政通信傍受の権限創設規定ではなく、権限確認規定又は権限規制規定であるということです。つまり、国内においても大統領は本来的な権限として対外諜報(防諜、国際テロ対策を含む)目的の行政通信傍受を行い得るのですが、それが憲法修正第4条に適合した「合理的な捜索押収」として実施されるための枠組を、連邦議会が法律の形で提示したと解釈されています。従って、仮に何かの理由で、対外諜報監視法が突然失効したり廃止されたりした場合においても、米国行政府は、対外諜報目的の行政通信傍受が一切できなくなるわけではなく、同法に替わる「合理的な捜索押収」の枠組を構築すれば実施可能であるということになります。

 また、米国政府は、9.11以後、米国内で「Steller Wind」というコード名の新たな秘密の行政通信傍受制度を始めましたが、2005年、2006年に秘密が漏洩されて政治問題化しました。その法制度上の対応の一つとして、2008年には対外諜報監視法に第702条が追加制定されました。しかし、ここでも重要なことは、連邦政府は「Steller Wind」を違法或いは違憲な制度と認めた訳ではなく、大統領権限に基づく正当なものであったとの立場を取っていることです。

3 対外諜報監視法に基づく行政通信傍受の類型

 現在、対外諜報監視法に基づく行政通信傍受には、主に次の二つの類型があります。

(1)一つ目は、同法第1章による旧来型の行政通信傍受です(1978年制定)。米国内において特定の「外国勢力」又は「外国勢力の代理人」(と信じるに足りる相当の理由のある場合)に対して行うもので、同法によって設置された対外諜報監視裁判所による個別命令(order)を得て行われます。但し、外国大使館など外国勢力が公然且つ排他的に支配している施設などに対する通信傍受は、裁判所命令なしに、大統領が司法長官を通じて許可することができます。なお、憲法修正第4条「不当な捜索押収の禁止」は、「令状主義」の原則を定めたものと言われていますが、同条の「令状主義」には適用除外対象が多くあります。対外諜報監視法が定めた対外諜報監視裁判所による「命令(order)」は、司法通信傍受とは要件も異なっており、憲法修正第4条が規定する「令状(warrant)」には該当しないと考えられます。

 NSAのシギントデータ収集態勢のうち、米国内の通信基幹回線からの収集計画「ブラーニー」は、このためのシステムであり、実際は、法律制定前の1970年代初めから運用されてきました。NSAは本システムによって、諸外国の大使館などを監視下に置いていると見られます。また、FBIもこのシステムを特定のスパイ容疑者や国際テロ容疑者に対する行政通信傍受に使用しているとみられます。

(2)二つ目は、法702条による行政通信傍受です(2008年制定)。これは、米国外にいると合理的に推定できる非米国人を標的に、米国内の通信事業者施設からデータ収集(通信傍受)をするもので、裁判所の個別命令は不要です。但し、米国人や米国内居住者の情報収集を避けるための傍受計画の枠組(標的決定手順、最小化手順、検索手順)を定める必要があり、この枠組が適正であることについて、対外諜報監視裁判所による認証を受ける必要があります。この枠組の内、先ず標的決定手順とは、米国外にいる非米国人を標的として対外諜報情報を収集することを確保するための標的を決定する手順です。ところで、米国外にいる非米国人を標的としてデータを収集しても、同人と米国内米国人との通信も付随的に収集されてデータベースに蓄積されてしまいます。そこで次に、最小化手順とは、付随的に収集された米国人情報の使用配布を極力限定するための手順です。更に、検索手順は、2017年に新しく導入された枠組です。収集データベースに対しては、NSA、FBIなどの分析官が一定の条件下に米国人情報を検索(query)することが認められていますが、それを対外諜報目的などに限定する手順です。

 法702条による通信傍受に使用されているシステムは、①米国内データセンターからのデータ収集「プリズム」(Downstream)と、②米国内通信基幹回線からの収集計画(Upstream)の内「フェアビュー」(ATT社協力)「ストームブリュー」(ベライゾン社協力)の2種類があります。データ収集量が圧倒的に多いのは①です。その①「プリズム」システムへの窓口官庁はFBIで、収集した生データは、FBIからNSAには全データが、FBI、CIA、NCTC(国家テロ対策センター、国家諜報長官室傘下)にそれぞれの必要データが、提供されています。また、②の通信基幹回線へのアクセスは、NSAのみが認められています(生データのFBIやCIA等への直接配布はありません)。 本収集は、上記のように、2001年の9.11事件後にブッシュ大統領の命令により「Steller Wind」のコード名で秘密裡に法律の根拠なしに開始されたものですが、2005年2006年と続けて秘密が漏洩されて政治問題化したため、2008年に本条が制定されたものです。

(3)米政府の公表資料によれば、702条による収集は極めて効果的であり、狭義の対外諜報のほか、国際テロ対策、サイバー攻撃対策、ランサムウェア対策、技術流出対策、大量破壊兵器拡散対策、国際薬物対策などで大きな成果を上げています。例えば、CIAによる大量破壊兵器拡散阻止事例の70%、FBIの技術情報報告の65%、NSAによる大統領デーリーブリーフの59%、CIAによる世界インテリジェンス日報の40%で使用されています。また、個別具体的な成果としては次の事例が挙げられています。2009年アルカイダのニューヨーク地下鉄爆破阻止。2016年イスラム国指導者ハジ・イマン殺害、2022年9.11事件首謀者アイマン・ザワヒリ殺害、2021年コロニアル・パイプライン事件での犯人特定と身代金回収、2021年イラン系ランサムウェア攻撃から非営利団体のデータ回復、2021年某中東国による国外反体制派の監視追跡を阻止。(USIC, Section 702 of the Foreign Intelligence Surveillance Act, summer 2023)

4 補足

(1)米国では、国家安全保障目的の通信傍受の実務が先行し、米国内での行政通信傍受が法律で確認・規制されたのは1978年のことでしたが、このように通信傍受の実務が先行し、後にこれが法律で制度化される例は珍しくありません。英国でも、行政通信傍受は幅広く行われてきましたが、これが法律で確認・規制されたのは2000年の調査権限規制法の制定が初めてでした。

(2)NSAの内部資料によれば、CNE(コンピュータ・ネットワーク資源開拓、つまりハッキング)はシギント活動に当然に付随する活動と認識されています。つまり、対外的なCNEの根拠としては、シギント任務で十分であり、そのほか特別な根拠規定を必要とするとは認識されていません(例えば、NSA, Office of General Counsel, CNO Legal Authorities, circa 2010)。

(3)対外諜報監視法第702条は時限立法であり、今まで、期限を迎える度に更新されてきました。次の時限は2024年4月19日です。ところで、先述したように、本条による通信データ収集の標的は国外の非米国人ですが、同人の米国内米国人との通信も付随的に収集されてしまいます。そして、収集データベースに対しては、NSAやFBIの職員が「検索手順」に従って対外諜報目的(防諜、テロ対策を含む)のため米国人のデータ検索(query)をすることが認められています。ところが、FBI分析官は大量に米国人情報の検索をして権限を濫用している、無令状の「裏口からの捜索」であるなどと批判されてきました。2017年の法改正で「検索手順」が対外諜報監視裁判所の認証対象になったのもそのためです。FBIは、2021年6月には検索用のシステム・プログラムを変更し、更には同年11月には「検索指針」を発行してFBI職員の検索の適法性は大幅に改善されていますが、702条の修正の可能性があります。

(2024年2月26日2000に修正しました。)

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