警護警備の課題(安倍元首相暗殺に関連して)

 小生は今まで本警護警備の課題について具体的な言及は控えてきましたが、一部都県警察OBのみならず警備畑の警察庁OBもコメントでマスメディアを賑わすようになりましたので、課題についての私の見方を数点示します。

1 本警護警備は如何なる意味で失敗なのか

 安倍元総理大臣が暗殺された一事を以て単純に警護警備の失敗であると指摘する警察OBがいますが、無条件でのこの主張は、警護警備に絶対安全を要求する実現不可能な精神論を持ち込む可能性があり、賛成できません。

 他方、私は前回トピックスで、「現在でも与党の有力政治家である安倍元総理大臣の暗殺を防止できなかったという事は、警察が国民の期待する水準の機能を果たしていないという点において、警察の失態と言えるでしょう。」と記載しました。国民の期待する水準の機能を果たせなかった訳ですから、当然、改革が必要です。

 更に前回トピックスで、我が国の警護警備には「政治家の行動様式、都道府県警察という制度的制約、警視庁警護課の人員など警護に振り向けている人員装備の現状、我が国警察の情報収集力の弱体など」の課題があることを示唆しました。これは即ち、今回の事件を契機に制度・慣行を抜本的に改革しなければ、また、今後も同種事件が発生し得るということです。単に今回の警護警備担当者の過失という問題で片付けてはならないと思います。

2 警護警備の態勢・現場配置の警察官数について

 奈良県警の警備態勢が薄いといって、人員装備が潤沢な警視庁の感覚で批判する人がいますが、これには疑問を持ちます。元総理大臣の警護にどの程度の人員装備を配分するべきかは、困難な判断事項です。県警に判断を一任されても、県警としても困る事項です。

 この点については、寧ろ、警備態勢の決定の前提として、警察庁がどのような脅威認識を県警に伝えていたのか、どのような水準の警備態勢を指示指導していたのか、が重要でしょう。

3 都道府県警警察という制度的制約

 47都道府県警に警護警備について同一の高い専門性を期待するのは実は無理なことです。47の組織は人員規模も経験値も専門性も全く異なります。警視庁研修という形で全国警護担当者の力量向上を図っていますが、限界があります。だからこそ、諸外国の殆どでは警護機関を国家機関として設置し相当の人員を配置しています。少なくとも身辺警護は国家機関で一元的に対処しています。

 我が国では、身辺警護は都の組織である警視庁警護課が担当していますが、警護課の人員は不足しており恒常的に過労状態にあるというのが私が警護室長時代の認識でした。警視庁警護課の大幅増員が必要です。警護対象者の数、脅威度から判断して、400人程度の態勢は必要でしょう。報道によれば、今回の奈良日程では近辺で警護していた警視庁SPは1人ですが、警護課の人員が多ければ、SP数人の同行が可能であり、その間で連携した身辺警護が可能であったと思います。

 また、報道によれば、安倍元総理大臣の警護計画については、警察庁への報告事項でもなく個別の指導はなされていないようですが、ここにも課題があります。マスメディアでも指摘されていますが、直近の警護員配置は、今回の奈良日程と1週間前の愛媛県西条市日程では大きく異なります。従って、重要度や脅威度の高い警護対象者について、地方日程の警護計画に対しては指導が必要ですが、それには警察庁警備局警護室の大幅な増員が必要です。

4 直近の警護員の配置と行動

 警護で最も重要なのは、直近の警護員の配置と動きです。警護は、本来三重の防護ラインを敷くのが望ましいと言われますが、脅威認識のレベル、警護人員の制約等に基づき、三重の防護ラインを敷かない場合が多いのです。しかし、その場合でも、直近の最終防護ラインは省略してなりません。 

 そこで、今回の奈良日程を見ると、安倍元総理大臣が演説したガードレール内には(警視庁SP1人を含め)警護員4人が配置されていましたが、警視庁SPも含め4人とも安倍元総理大臣との間に距離がありました。他方、6月30日の愛媛県西条市での日程では、安倍元総理大臣の直近に3人の警護員が配置され後方も含めて警戒をしていました。そこで課題は、なぜ県警が違うとSPも含めて直近の警護員の配置に差が生じたのか(その根源は、都道府県警察という制度的制約と身辺警護に当たる警視庁SPの人員制約ですが)。警護計画はどうなっていたのか。選挙警護における直近の警護員の動きについて警察庁は一般的にどのような指導をしていたのか。など諸々の課題があります。(25日追記:西条市では警護員3人が警護対象者に密着していましたが、奈良市では警護対象者に密着した警護員が1人もいませんでした。この違いを生んだのは何故かという課題です。西条市の配置のように3人が密着すべきであると主張している訳ではありません。)

 なお、奈良日程でも西条市日程でも、安倍元総理の至近にいる警視庁SPが防弾板を持っていました。プロの警護員であるSPが持っているのですから、これはSPからの要望又は納得の上での措置だと思いますが、私には疑問が残ります。本来、至近にいる警護員の最重要任務は、万が一の際に警護対象者に覆いかぶさるなど自らを盾にして守り現場離脱を図ることと私は理解していました。そのためには両手を空けておく必要があります。防弾板を持っていてその最重要任務の遂行に支障を生むことはないのか、よく分かりません。至近の警護員に防弾装備が必要であるならば、防弾チョッキ或いは防弾上衣を警護員自身(或は警護対象者)が着るべきではないでしょうか。防弾板は他の警護員が持っても良いのではないでしょうか。それとも、現在は米国SS(シークレット・サービス)など諸外国の警護機関も、警護対象者の至近にいる警護員(米国SSであれば大統領警護課長)が防弾板を持っているのでしょうか。このような疑問が残るのです。(註:その後の報道でSPが防弾板を所持していたことが確かめられましたので、若干の修文を施して本段落を復活させました。)

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