ウクライナ戦争~影の主役セキュリティ・サービス

 ロシア・ウクライナ戦争におけるウクライナ善戦の一因には、インテリジェンス優位があります。インテリジェンス優位は、『ウクライナ戦争~米国によるインテリジェンス支援』で述べたように米国による支援の効果が大ですが、ウクライナ自身のインテリジェンス力も大きく貢献しています。その中心はセキュリティ・サービスSecurity Service of Ukraine:SSUです。今次戦争におけるSSU活動の骨格を紹介します。

1 セキュリティ・サービスSSUとは

 SSUは旧KGBウクライナ支局。平時の職員数約2万7千人、非常時3万1千人で、ウクライナ最大のインテリジェンス機関です。防諜、国家体制擁護、テロ対策、サイバー・セキュリティ対策、国家機密保持を主任務としており、アルファという特殊作戦部隊を保持しています。

2 広汎な通信傍受能力と作戦支援

 欧米諸国のセキュリティ・サービスと同様に、通信傍受、信書開披、監視機材(マイク、カメラ等)の設置、秘密捜索、潜入調査・囮調査などの調査権限を持っています。特にウクライナ国内及び周辺においては広汎な通信傍受能力を有します。今次戦争では、ロシア軍の無線機や携帯電話、兵士の使用する携帯電話の通話やテキスト通信を広汎に傍受して、ロシア軍の状況を把握し作戦遂行に役立てています。また、ロシア国内のコンピューター網に対するハッキング能力も保持しています。

3 国民からの情報収集の組織化 

 SSUは、通信傍受だけではなく、戦争遂行のために、国民からの情報収集も組織化しています。ロシア軍の動向、歩兵や戦車などの数や位置情報などを、テレグラム通信アプリにチャットボックスを設置して国民から幅広く収集しています。国民からの情報を基に、例えば、ロシア軍の機甲師団2個連隊を待ち伏せ攻撃して壊滅させています。

4 ロシア工作員・協力者の摘発

 ロシアのインテリジェスFSBやGRUは、ウクライナ国内に多数の工作員を潜入させ、また多くの協力者を獲得しています。工作員や協力者の任務は、ウクライナ軍部隊や装備の詳細や位置や動向など、ロシア軍の攻撃ための標的情報や攻撃効果測定情報の収集が中心です。SSUの活動や検問所の位置など防諜に係わる情報収集や、後方治安攪乱のためのテロ・破壊活動もあります。

 SSUによれば、全面侵攻開始から5月末までに、ロシアの工作員360人以上、協力者5000人以上を摘発しています。特徴的な検挙事例としては、有力国会議員の検挙、内閣官房幹部職員の検挙などがあります。

5 サイバー攻撃対策

 ウクライナのサイバー・セキュリティ対策は、デジタル変革省、特殊通信・情報保護庁、SSUなど幾つかの組織が協力して当たっています。SSは主として外国諜報機関による標的型サイバー攻撃対策を担当しています。サイバー・セキュリティ状況センターを設置して24時間監視態勢を敷いて対処しています。

 ウクライナに対するサイバー攻撃は、ロシアFSBとGRUが担当しており、実際の攻撃はハッカー集団APT28(Fancy Bear)、APT29(Cozy Bear)、Sandworm、Berserk Bearなどに実施させています。ウクライナに対する攻撃は、本年1月13日14日、2月15日16日と2波の大規模攻撃があり、更に全面侵攻開始時の2月23日24日にも大規模攻撃がありました。これらの攻撃に対しては、SSUと関係機関の迅速な措置により対応できたとしています。しかしその後も攻撃は続いています。SSUによれば、全面侵攻以来6月6日までに、サイバー事案・サイバー攻撃827件を阻止し又は無力化したそうです。

 この他ウクライナ国内でも、ロシアのためにDDOS攻撃を行ったハッカー集団、偽情報の大規模発信拠点「ボットファーム」、親ロシア情報を拡散するSNS集団などを検挙摘発しています。

6 情報作戦

 戦争では各国が自国に有利な世論を作り出すため情報作戦を遂行しています。 SSUは通信傍受したロシア兵の電話通話をウェブサイトで公開することにより、ロシア軍の残虐性や戦争犯罪を広報してウクライナへの国際的な支援気運を醸成しています。また、ロシアの指揮兵站の酷さを広報してロシア軍内での厭戦気運を醸成しようとしています。有名な事例では、あるロシア軍兵士が妻に電話で強姦の承認を求めた会話があります。この会話は冗談かも知れませんが、広汎に引用されて、ロシア軍の評価を貶めるのに成功しています。

 他方、ロシアによる情報作戦を妨害阻止するために、通信傍受情報を公開してロシアによる情報作戦を暴露したり、親ロシア情報を振りまくユーチューブ・チャンネルを閉鎖させたり、テレグラム・チャンネルの視聴を阻止しようと努力しています。

7 まとめ

 SSUの活動を概観しましたが、その活動は極めて広汎に及んでいます。

 他方、ロシア工作員・協力者の任務を見ると、単なる機密情報の収集にとどまらず、ロシア軍の攻撃に必要な標的情報の収集、侵略正当化や後方攪乱のためのテロ・破壊活動、更にはウクライナ世論に影響を与えるための情報工作など、多彩です。SSUの諸活動がなければ、ウクライナは内部から崩壊していたでしょう。セキュリティ・サービスというインテリジェス活動が、特に防衛戦争では不可欠であることが理解できます。

 このようなセキュリティ・サービスは他の民主主義諸国にも存在します。米国FBI、英国SS、フランスDGSI、ドイツBfVなどです。敵性国家の工作員と協力者を摘発できなければ、戦う前に内部から崩壊してしまうのです。

 しかし、我が国にはこのような機能を果たす権限を持った組織は存在しません。平時における外国工作員や協力者の摘発自体も、全く不十分なのが現状です。まして戦時においては、敵国の工作員や協力者を迅速に摘発する必要性は極めて高いですが、我が国にはそのような権能を発揮できる機関は存在しません。

 FBIには国家安全保障に関する調査を担当する国家安全保障局があります。我が国もこれに倣い、警視庁公安部にFBIと同様の権限を付与して、情報収集力を欧米並みに強化する必要があります。セキュリティ・サービスがなければ、いくら自衛隊を強化しても、防衛戦争を遂行することは不可能でしょう。

(註:より論説は、『警察公論』第78巻3号76-80頁(立花書房)で、8月25日まで閲覧可能です。)

(註:情報収集力の詳細については、拙著『テロ対策に見る我が国の課題』(警察政策学会資料第113号、2020年11月)を参照。

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