2月24日にロシア軍が全面侵攻して以来、ロシア・ウクライナ戦争が続いています。開戦前の大方の予想に反して、ウクライナが善戦しています。その要因を見ると、先ず、ロシア側の主要因としては、①インテリジェンスの失敗、②ロシア軍の低い士気、③ロシア軍の貧弱な兵站、④軍の硬直した指揮命令・組織体質を指摘できます。他方、ウクライナ側の主要因としては、①国土防衛のための軍と国民の士気の高さ、②米欧からの潤沢な武器の供与支援、③NATO軍に倣った軍改革、④インテリジェンス力の高さ(米国を中心とする米欧のインテリジェンス支援とウクライナ独自のインテリジェンス力の高さ)が挙げられます。
ロシアのインテリジェンスの失敗intelligence failureとは、ウクライナの国民意識と抵抗意思を完全に読み間違っていたことです。ロシア軍はウクライナに全面侵攻すれば、容易に現ウクライナ指導部を排除して、ウクライナを支配下に置けると想定していたと見られます。そのためロシア軍の兵站は長期戦を想定しておらず、本当の戦争をすることを知らされていない兵士もいた程です。
それでは、なぜ、インテリジェンスの失敗が起きたのか。勿論、米国ですら数日でキエフが陥落すると想定していたようですから、ロシアの失敗も致し方ない面もあります。しかし、やはり、プーチン初めロシア指導部のイデオロギー・国際秩序観の影響があると考えます。
日本人は、明治以来、近代国際法という欧米規範を受け入れてきました。近代国際法は基本的には主権国家の対等平等を前提としています。そして世界の国々もこの原則を受け入れていると勝手に思い込んでいますが、現実は異なります。プーチンやロシア指導部の国際秩序観は、ソ連時代の「制限主権論」やロシア帝国時代の勢力圏の思想の融合体に近いと思われます。一言で言えば、ロシアの勢力は国境を超えて旧ソ連邦諸国にも及ぶべきであるという国際秩序観です。その結果、ウクライナなど旧ソ連邦国家の諜報をセュリティ・サービス機関FSB第5局の所管としています。ところで、セキュリティ・サービスとは本来、自国や植民地など、自国の支配領域のセキュリティのために活動するインテリジェンス機関です。ウクライナをセキュリティ・サービスであるFSBの所管としているということは、その時点で既にウクライナをロシアと対等の主権国家ではなく勢力圏内の地域であると見ているということです。そのFSBの諜報員が、ウクライナ国民の独立意識は強く、ロシア軍が仮に侵攻した場合には頑強に抵抗するだろうなどという報告書を書ける筈がありません。
我々もロシアの失敗の教訓を学ばなければなりません。即ち、インテリジェンスの分析においては、常に自己の持つイデオロギー・国際秩序観を当然視せずに相対化し、相手側・関係諸国の持つイデオロギー・世界観を客観的に分析することです。
米国は昨年後半以来、ロシア軍の全面侵攻の危険性を度々指摘してきましたが、直前に至るまで我が国の研究者で全面侵攻を予想した者は殆どいなかったと思います。これは自己の国際秩序観を相対化することが出来ていないためです。我が国の近くには、近代国際法を西洋帝国主義が創った欧米に都合の良い規範であるとして、その「合理化」「民主化」(という改変)を目指している国が存在することを忘れてはなりません。