安倍元首相の暗殺事件(元警護室長の所感)

 本日7月8日安倍元総理大臣が、選挙応援演説中に狙撃され死亡されました。本事件に関連して質問を受けましたので、警護室長経験者として現時点で述べ得ることを記述します。

1 小生は、1992年の金丸副総裁狙撃事件の際の警察庁警護室長でした。その際は脅威認識は正しかったのですが警護計画通りの警護が出来ていなかったという意味で、警察に過失がありました。他方、今回の安倍元総理暗殺事件で、脅威認識がどうであったのか、計画通りの警護が出来ていたのかどうか、十分な情報のない現時点で警護の是非を判断するのは時期早尚でしょう。何れにしろ、警察庁で然るべき調査報告がなされるでしょう。

2 そこで、以下は警護室長経験者としての一般論です。

 先ず、多くの警護現場に立ち会った経験からして、警護で絶対安全と言えるような現場は殆どありません。米大統領来日の様に十分なマンパワーと装備を使用できる警護警備は別として、殆どの警護現場は、実は必ず隙があります。但し、有能な現場指揮官と警護員がいれば、与えられたマンパワーと装備を活用してその隙を最小化することができます。大きな隙は埋めることができます。しかし、選挙警護ほど難しいものはありません。隙が多過ぎるのです。選挙警護の際は、人事を尽くした後は「天命」を待つ心境でした。

 他方、我が国の特色として、潜在的脅威を把握する日本警察の能力は、欧米諸国と比較すると弱体です。それは情報収集手段が基本的に警察官による任意の情報収集しかできないためです。通信傍受、信書開披、監視機材(マイク、カメラ等)の設置、秘密捜索、潜入調査・囮調査など欧米諸国で普通に行われている情報収集が認められていないからです。この点は拙著『テロ対策に見る我が国の課題~欧米諸国との対比において』に詳述しています(ウェブサイトから読めます)。警察庁は創意工夫を凝らして情報を収集しろなどと指示をしますが、「創意工夫」で情報がとれるならば苦労はしません(それでも現場は、必死に努力はしていますが)。脅威情報の収集が十分でないのですから、警護も不確かな脅威認識の下に行わざるを得ません。従って、(マンパワーと装備で)過不足のない警護実施は先ず困難です。

 現時点で述べ得るのはこの程度でしょうか。

 安倍元総理大臣の御冥福をお祈り致します。

(7月14日追記)

 本事件については、警察OBや警察関係者のコメントがマスコミを賑わせています。その中には、妥当なコメントもあれば、警護の実態を踏まえないコメントもあります。或る方の質問(警察の失態ではなかったのか)に対する私の返事を追記します。

〇 先ず、現在でも与党の有力政治家である安倍元総理大臣の暗殺を防止できなかったという事は、警察が国民の期待する水準の機能を果たしていないという点において、警察の失態と言えるでしょう。

〇 他方、現在の我が国の政治家の行動様式、都道府県警察という制度的制約、警視庁警護課の人員など警護に振り向けている人員装備の現状、我が国警察の情報収集力の弱体などを総合的に勘案すれば、政治家の暗殺は起こり得るというのが実態だと思います。小生は警護室長在任中、常に薄氷を踏む思いでした。

〇 勿論、今回の事例も分析すれば、現場に配置された警察官の気の緩みなども指摘できるでしょう。しかし、現場の警察官の精神論で終わらせてはいけません。この際に必要なのは、抜本的な現行制度・慣行の再検討です。まず、どの程度の安全を求めるのか。その実現のために政治家の選挙運動中の行動様式は現状のままで良いのか。警護実施と都道府県警察の関係をどうするのか。警視庁SPをどの程度増員するのか。警察の情報収集力をどうするのか。抜本的な検討がなされることを祈っています。(7月9日)

 警察庁で警察庁次長をトップとする検証チームを設置するそうですので、一時凌ぎではなく、抜本的な改善策を提案されることを期待しています。

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