FBI:「虚偽供述罪」で中国人研究者を摘発

 米国は、経済安全保障の観点から、中国人研究者による先端科学技術の収集を監視していますが、その際の検挙手法として、「虚偽供述罪」が使用されています。虚偽供述罪とは、合衆国法典18篇1001条(a)(2)(虚偽供述)の規定ですが、米国政府の所管事項において虚偽の供述をしたり虚偽情報を提出した者には5年以下の拘禁刑又は25万ドル以下の罰金を科すと定めています。

 それでは、2020年1月に司法省が起訴を公表した2件の事件を見てみましょう。なお、これらの事件を見ても分かりますが、情報収集手段としての通信傍受や税関・国境取締局との協力が重要です。

(1)人民解放軍中尉の研究者を指名手配2020年1月

 司法省は、ボストン大学の中国人留学生・葉延慶(イェ・ヤンキン、女29才)を、身分と目的を隠して米国に留学して情報収集活動を行ったとして、2020年1月に被疑者不在(中国滞在中)のまま起訴して指名手配しました。

 葉延慶は、人民解放軍国防科技大学に勤務する中尉で中国共産党員ですが、2017年10月から2019年4月までボストン大学の物理・化学・医学用生物工学学部に留学し、情報収集活動を行っていました。国防科技大学のA教授(人民解放軍大佐)など上司の指示を受け、米軍のウェブサイトにアクセスして米軍のプロジェクトを調査したり、米国のロボット工学やコンピュータサイエンス分野の学者について調査し報告していました。また、国防科技大学のB准教授とは頻繁に連絡を取り合って、軍事的に有用な研究を行い、また、自分のユーザーIDとパスワードをB准教授に提供して、大学のコンピュータシステムへのアクセスで便宜を図っていました。

 ところが、葉延慶は2017年に学生ビザを取得する際には、人民解放軍中尉などの身分を隠し、また米国でスパイなど違法な活動はしないと虚偽の申告をしていました。更に、2019年4月ボストン空港における出国審査では、税関・国境取締局職員とFBI担当官からの事情聴取に対してA教授やB准教授との密接な関係を否定するなど虚偽の申告をしていたのです。

 起訴罪名は、先ず、合衆国法典18篇1001条(a)(2)(虚偽供述)です。出入国管理職員とFBI担当官の質問に対して虚偽の供述をしたためです。次に合衆国法典18篇951条(外国代理人登録義務違反)があり、この罰則は10年以下の拘禁刑又は罰金刑です。司法長官に届け出ずに国防科技大学の上司A教授やB准教授の指示を受け情報収集をしていたためです。更に、合衆国法典18篇1546条(a)(ビザの偽造等)で10年以下の拘禁刑です。ビザ取得時に経歴や目的に関して虚偽の申告をしたためです。

 調査手法としては、葉延慶は上司のAやBとWeChatを使用して通信をしていましたが、このWeChatの傍受記録が重要な証拠となっています。米国当局は、2019年の出国審査時にパソコンなど電子機器のデータを取得していますが、これが起訴資料として役立っています。FBIは税関・国境取締局の協力を得て入国審査時に情報やデータを収集しているのです。

(2)中国人のがん研究者を2020年1月起訴、2021年1月に有罪判決

 鄭灶鬆(チェン・ツァオソン、男30才起訴当時)は、米国でガン研究をしていましたが2019年12月米国から中国へ出国の際、研究用のDNAサンプル21個を無断で持ち出そうとしたため、2020年1月に起訴されました。

 鄭灶鬆は2018年8月以来、ボストン市のベス・イスラエル・ディーコン医療センターでガン研究に従事してきましたが、同センターは、ハーバード大学医学部の系列で、世界最先端のガン研究で知られています。2019年12月、は、ボストン・ローガン国際空港から北京行き航空機に搭乗しようとしました。その際、税関・国境取締局職員が預入荷物を検査したところ、液体入りの小瓶21個がラップで包まれて靴下に隠されいるのを発見しました。職員が検査したところ小瓶にはDNA試料が入っていました。連邦規則ではDNAなど科学研究試料の運搬に当たっては一定の包装と表示が必要なのですが、その規則に従っていなかったのです。そこで、税関・国境取締局職員が搭乗口で本人に手荷物又は預入荷物の中に生物標本か研究物質を持っていないか質問したところ、当初本人は所持を否認しました。しかし、預入荷物を見せられて自分のものだと認めたのです。そこで翌日FBIに逮捕されています。

 起訴罪名は、先ず、合衆国法典18篇1001条(a)(2)(虚偽供述)です。税関・国境取締局職員に対して、航空機の搭乗口で虚偽の供述をしたためです。また、次に、連邦規則に違反した方法で生物標本を国外に運搬しようとした点が、合衆国法典18篇554条(密輸)に該当し、10年以下の拘禁刑又は25万ドル以下の罰金となります。注目されるのは、税関・国境取締局職員に対して搭乗口で事実に反することを述べただけでも、犯罪になることです。

 検察側は、鄭灶鬆が持ち出そうとしたDNA試料は医療センターのがん研究用試料を盗んだものであるとして窃盗罪も立件しようとしましたが、結局、それは立証できませんでした。鄭灶鬆によればDNA試料は彼自身が作成したものだそうです。結局、鄭灶鬆は司法取引をして2021年1月に虚偽供述罪を認めて、(未決拘留中に経過済みの)87日間の拘禁刑の判決を受けた後、国外退去処分となりました。本件では、先端科学技術に関連する資料の違法な持出しは立証できなかったのですが、それでも虚偽供述罪で有罪となっているのです。虚偽供述罪の威力の大きさが知られます。

 なお、預入荷物からDNA試料を発見した経緯ですが、幾つかの可能性が考えられます。一つは、税関・国境取締局職員が偶然、荷物のX線検査によって発見した可能性。もう一つは、鄭灶鬆が要注意人物としてリストアップされており、厳しい検査対象となっていた可能性です。

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