ロシア・ウクライナ戦争の帰趨は不明ですが、ウクライナのゼレンスキー大統領の行動に危機対処の本質を見ることが出来ます。
それでは、彼の行動の何が危機対処の本質なのでしょうか。ロシア軍の侵攻に際して、米国CIAが首都脱出・亡命政権の樹立を提案したのに対して、ゼレンスキー大統領はこれを拒否して「脱出手段ではなく、武器をくれ」と応じたと報じられています。また、EU首脳とのテレビ会談でも、これが生きて会える最後かもしれないと述べながら支援を要請したと伝えられています。即ち、彼は自分の死を覚悟して、自分の死をもカードとして使って、対ロシア自衛戦争を鼓舞し指導しているのです。
この対処法は、武士道そのものです。即ち、山本常朝『葉隠』には次の有名な一節があります。「武士道とは死ぬことと見つけたり。二つ二つの場にて、早く死方(しぬかた)に片付くばかり也。別に子細なし。胸すわって進む也。」即ち、生きるか死ぬかの岐路において、死ぬ覚悟を固める(最悪を覚悟する)ことです。その上で、その最悪の事態も選択肢としながら、肚を据えて自分が進むべき道を邁進するということです。ゼレンスキーは『葉隠』を実践しているのです。
なお、対ロシア自衛戦争の帰趨、そしてゼレンスキー大統領の徹底抗戦の決断が吉と出るか凶と出るか、それは現時点ではまだ分かりません。しかし、この決断はゼレンスキー大統領の死生観、歴史観、国家観、世界観などの価値観に根差した決断であり、(我が国を除く)世界の多くの人々が共有する価値観です。ウクライナ国家が存続し続けるならば、ゼレンスキー大統領は実質的なウクライナ建国の父として末永く記憶されるでしょう。島津藩隆盛の基を築いた島津日新公の歌に「楽も苦も時すぎぬれば跡もなし 世に残る名をただ思ふべし」がありますが、ゼレンスキー大統領はこの歌を知っているかのようです。(4月7日掲載、3月25日記述)