FBI、華為捜査妨害で中国諜報員2人を指名手配

 10月24日米国司法省は、中国の世界的テレコム企業をめぐる捜査を妨害しようとしたとして、中国のインテリジェンス機関員2人の刑事告発を広報しました。この事件捜査における米国FBI国家安全保障局の情報収集手法が興味深いので、司法省の開示資料に基づき紹介します。

 今回の指名手配の背景は、対イラン経済制裁違反の捜査です。米国FBIは本捜査の一環で、中国の通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の幹部を詐欺罪で捜査対象としていました。その幹部とは、ファーウェイ創業者・任正非の娘で最高財務責任者(CFO)である孟晩舟です。そして2018年12月彼女がカナダ・バンクーバーに立ち寄ったところ、米国の要請を受けたカナダ当局が逮捕しました。その後、米国への身柄引渡しの可否などが争われ、世界の耳目を集めました。結局、彼女は2021年9月に、関係金融機関に対する一定の虚偽説明を認めた上で、米国との「起訴猶予合意」によって釈放され、中国に帰国しました。この「起訴猶予合意」は、2022年12月まで合意に反する発言などをせず、他の違法行為もなければ、米側は起訴を取り下げるというものです。

 そして今回2022年10月20日に、FBIは中国湖南省の諜報員、賀国春45才と王政37才を、本件捜査情報を入手して刑事訴追を妨害しようと画策したとして、被疑者不在のまま刑事告発し、10月24日に写真付きで指名手配をしたのです。

 この調査・捜査手法は、「ダブル・エージェント」を使ったいわば囮調査・囮捜査です。賀国春と王政は、「中国経済システム改革雑誌出版社」いう名称の会社の職員を偽装して、2017年2月頃から米国連邦法執行機関の職員Xに接近したのですが、Xは彼らの協力者となって、情報提供をして、2000ドル、3000ドル、9000ドルと報酬を得てきました。ところが実は、Xは同時にFBIの「ダブル・エージェント」となって活動していたのです。

 2018年12月に孟晩舟がカナダ当局によって逮捕されると、2019年1月から賀国春と王政はXに対してファーウェイ関係の捜査情報の入手を依頼始めました。XはFBI担当官の指示を受けながら、主として賀国春と秘匿通信で連絡を取り、捜査情報を提供してきました。特に2021年夏以降は、情報要求が強くなり、Xは賀国春と頻繁に連絡を取り合って、米国側の捜査方針、担当検事との協議内容や内部戦略メモなどを送信しました。また、ファーウェイからの情報要求には米国側が持つ証人達の人定情報もあり、これに対してXは、コードネームで記載された証人一覧表などを送信しています。Xは情報の見返りに、2022年10月18日頃までに合計6万1千ドル相当のビットコインの送金を受けています。

 賀国春や王政の起訴罪名は、刑事訴追の妨害未遂とマネロンです。合衆国法典18篇1512条(公的手続妨害)(c)項は、公的手続の一般的な妨害行為について、20年以下の拘禁刑又は罰金刑を科すと規定しています。本事件では、世界的テレコム企業をめぐる刑事訴追を妨害し影響を与えようとしたため、本条違反となります。また、合衆国法典18篇1956条(マネロン)は、違法行為のために米国内と米国外の間で資金を移動させた者は、20年以下の拘禁刑又は罰金刑を科すと規定しています。従って、公的手続妨害という違法行為のための活動報酬を中国からXに送金したために、マネロン違反にもなります。

 賀国春は最高40年の拘禁刑、王政は最高20年の拘禁刑に処せられます。刑の重さが注目されます。

 なお、Xが提供した情報は、当然のことながらFBI国家安全保障局が創作した情報です。現実の捜査実態とは異なる情報ですが、他方、全く異なる情報でもなく、ファーウェイ側に心理的圧迫を加え混乱が生じるような、「ブラフ」を含む真実らしい情報を創作して提供したのではないでしょうか。つまり、ファーウェイに対して一種の「情報作戦」を展開したものと、私は推定しています。

 また、賀国春と「ダブル・エージェント」Xとの遣取りで興味深かったのは、ファーウェイ担当者がXとの直接連絡を望んだということです。賀国春は、さすがに危険であるとして断ったそうです。もし、直接連絡をして、FBIがファーウェイ担当者の人定を特定できていれば、同人も同罪で起訴できることとなったでしょう。そうなれば、仮に訪米でもすれば、その際に逮捕されていたかも知れません。正に、賀国春の危惧は正しかったのです。

 更に、公表資料では賀国春らがXに接近してきたと記述されていますが、私は、もともとXはFBIの囮調査官でウェブ上に米国の対中政策に批判的な意見や組織への不満を記述するなりして、スキを見せて賀国春らを誘引したのではないかと、推定しています。FBIの国家安全保障局は、中国インテリジェンスとの関係でも、普段からダブル・エージェントを布石する機会を狙っています。今回の事案では2017年に布石したダブル・エージェントが役に立ったという訳です。もちろん、今回の指名手配によって、このダブル・エージェントは暴露してしまったのですが、ダブル・エージェントの喪失を上回る成果があったという判断でしょう。

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