Special Collection Service (SCS)

~大使館を拠点とするシギント活動:NSAとCIAの共同事業~

1 概要

 在外公館を利用したシギント収集活動、Special Collection Service(SCS、特別収集サービス)を紹介します。SCSは、NSAの活動の一部として実施されていますが、40年以上の歴史のあるNSAとCIAの共同事業であり、SCSのトップはNSAとCIAが交代で出しています。 SCS発足以前は、一方でNSAは国家シギント機関としてシギント活動を行っていましたが、他方CIA自体も1950年代から「早い者勝ち」の論理で、大使館を拠点に盗聴器を設置するなどして各種のシギント活動を行っていました。しかし、これでは両者の活動が重複して効率的ではありません。これに気が付いた連邦議会下院・予算委員会が、1976年にシギント活動はNSAの指揮下で一元化すべしとの報告書を出しました。そこで、1977年にNSAとCIAはシギント活動についての合意(いわゆる両者の「平和条約」)を結び、その一環としてSCSが設置されたといいます。

 SCSは、世界中の米国大使館、領事館、利益代表部等の外交施設80ヶ所以上に、「ステートルーム(特別室)」という暗号名の拠点を設置しています。拠点では、建物の屋上や上層階に(電波透過率の高い)ポリエチレンやセラミックで作った偽装工作物を設置して、その中に各種の高性能アンテナを秘匿設置しています。また、建物内にはデータ処理や分析のための部屋を確保しています。但し、このステートルームの活動は極秘事項であって、外交施設の他の大多数の職員に対しては秘匿されています。 アクセスしている電波は、マイクロ波、WiFiやWiMAXなどの無線LAN、GSM, CDMAなどの携帯電話通信など多様です。拠点のうち約40ヵ所には衛星通信の傍受アンテナも設置されています。

 SCSの本部はメリーランド州ベルツビルにあり、そこには大使館を模した建物が設置されています。これは、訓練施設を兼ねていると推定できます。2013会計年度のSCS予算は、NSAが2億4909万ドル、CIAが1億576万ドル、合計3億5485万ドルで、現在の為替レートで換算すると、500億円以上と相当多額の予算となっています。 SCSは、単にNSAとCIAの共同事業というだけではなく、他の多くの機関と戦略的協力関係にあるとされていますが、協力の詳細は不明です。しかし、多額の予算とも相俟って、SCSは米国諜報コミュニティにおいて相当重要な位置付けをされているのではないかと、推定されます。協力関係にある機関は、国務省、FBI、シークレットサービス、国家偵察局NRO、国防諜報庁DIA、更には、NSA内の各部門、それにUKUSA諸機関です。

2 SCSの収集拠点

 

 2010年や2012年の漏洩NSA内部資料を分析すると、この頃には、SCSの収集拠点は88ヵ所ありました。当時、収集拠点が設置されていた国数は62ヵ国で、概ね各国の首都にある大使館に設置されていましたが、複数の拠点が設置されていた国もあり、中国、イラク、パキスタン、メキシコ各国には、3カ所以上の拠点が置かれていました。これら諸国には力点が置かれていたのでしょう。その他、ロシアやウクライナに収集拠点があるのは当然として、香港や台湾にも拠点があるのが注目されます。この他に、技術支援施設が、英国クロフトンの米空軍基地内とタイ国バンコックにある施設に置かれており、世界中の拠点に対する技術支援の前線拠点となっています。

 米国の収集拠点のほか、他のUKUSA諸国4カ国(英国、カナダ、豪州、ニュージーランド)も在外公館に収集拠点を設置しており、これらの拠点も「ステートルーム」と呼ばれれています。実際は、UKUSA5ヵ国の大使館、領事館などがそれぞれの地の利を生かして協力して収集活動をしていると考えられます。

<米国SCSの設置拠点>

〇 欧州:18ヵ国23ヶ所~独、仏、伊、西、スイス、墺、チェコ、ハンガリー、ブルガリア、露、ウクライナ、アゼルバイジャン、ジョージア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、ギリシャ、アルバニア

〇 中東:10ヵ国19ヶ所~イラク、シリア、ヨルダン、レバノン、サウジアラビア、クウェート、UAE、バハレーン、イエメン、トルコ

〇 アフリカ:9ヵ国10ヶ所~エジプト、リビア、アルジェリア、スーダン、エチオピア、ケニア、ザンビア、コンゴ、ナイジェリア、

〇 南アジア:3か国8ヶ所~パキスタン、インド、アフガニスタン

〇 東アジア:10ヵ国・地域12ヶ所~中国、香港、台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシア、タイ、カンボジア、ミャンマー

〇 中南米:12ヵ国16ヶ所~メキシコ、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、パナマ、キューバ、ベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ボリビア、ブラジル

3 SCSの特性と利点

 

 NSAの2011年3月付の内部資料によれば、SCS活動は次のような利点を有する極めて独特なシギントのプラットフォームであるとしています。

〇 地理的利点:他国という敵対的な空間でありながら、米外交施設というホームフィールドで活動できる。また、顧客に近い所で活動できる。 (つまり、収集標的に近い所に居ながら、安心して活動できる。また、大使というインテリジェンス顧客の近くで、そのニーズに応じた情報を迅速に提供できるというわけです。)

〇 信号アクセスの利点:マイクロ波、衛星通信、携帯電話通信、無線LANなど多様な信号にアクセスして、受動的(passive)なデータ収集の他、積極的(active)なシステムへの浸透とデータ取得が可能。 (つまり、電波を受信してデータを収集するだけではなく、Wi-Fi等を通じて、自分たちから積極的にハッキングを仕掛ける拠点としても使えるというわけです。)

〇 分析の利点:通信インフラやシステム構成などの把握、標的設定や標的の行動の把握が容易なこと。 (つまり、標的国の中に拠点があるので、通信インフラ他の標的に関する情報収集、調査活動がやり易いわけです。)

〇 情報成果の利点:国家的需要と共に地域的な需要に応えることができる。現地に対する背景知識、現地情勢や状況変化を踏まえた情報成果を提供できる。(つまり、大使館等に駐在して任国情勢を熟知した分析官が、シギント資料を得てより実態に迫る正確な情勢分析を行い、米本国の大統領以下の国家的インテリジェンス需要に応えると共に、駐在大使へのインテリジェンス報告にも活用されているということです。)

4 「シギントを進めるヒューミント、ヒューミントを進めるシギント」

 

 NSAの内部資料には、「シギントを進めるヒューミント、ヒューミントを進めるシギント」という標語があります。

 これは一方で、「ヒューミントがシギントを支援する」ということで、先に述べたように、通信インフラその他の標的に関する情報収集を支援することで、これには傍受すべき携帯電話番号やEメールアドレスを、外交官やCIA要員が収集することも含まれます。

 他方、「シギントがヒューミントを支援する」面では色々な支援が考えられます。先ず、協力者工作では、いわゆる「基礎調査」が重要です。つまり、ターゲットを選んで、ターゲットに接近する際に、その人物像や交友関係を知る必要があります。それにはシギントを活用して、ターゲットのSNSやウェブの検索履歴やメールを分析すれば、どういう人間と付き合っているか、生活習慣はどういうものかがわかります。クレジットカードの使用履歴を見れば、どんな店でどういう買い物をし、どんなレストランでどんな食事をしているかなど、趣味嗜好や人物像がはっきりと出るわけです。こういう「基礎調査」は協力者獲得の成否を決する重要な要素ですが、それが今やシギントで容易にできるのです。

 また、シギントは、CIA工作員の作戦保全にも活用できます。NSAは携帯電話の位置情報追跡システムのFASCIAというデータベースを構築しています。その一環で、CIA工作員が他国の治安機関やセキュリティ・サービスから尾行されているかどうかをチェックするシステム(Fast-Follower Analysis)も開発しています。敵地でのヒューミント活動は危険を伴いますが、危険回避のための情報支援も受けられるのです。

5 メルケル独首相(当時)の携帯電話盗聴の暴露

 

 SCSについては、2013年秋にドイツ誌のシュピーゲルがスノーデン漏洩資料に基づき、メルケル首相の携帯電話の傍受を大々的に報道しました。

 メルケル女史は「携帯宰相」と渾名される程、携帯電話を多用する政治家であり、所属政党支給の携帯電話と政府支給の両者を使用していたそうです。政党支給の携帯電話には暗号機能がありませんでしたが、他方、政府支給の携帯電話は2009年には暗号化通信を採用し、更に2013年3月にはこれを更新し、閣僚や高級官僚5000人以上に配布していたそうです。

 ところが、シュピーゲルが、NSA内部資料を分析して、メルケル首相の携帯電話番号が収集標的として記載され、且つ、その任務がSCSに付与されているのを発見しました。同誌は2013年10月これを首相府に通告し、独政府は調査を行い、これを真実であると判断したそうです。 

 そこで、メルケル首相はオバマ米大統領(当時)に直接電話をし、信頼関係の大きな侵害であると強く抗議しました。これに対し、オバマ大統領は、「メルケル首相の携帯電話傍受は知らなかった。」と弁明したそうです。なお、元NSA長官のマイケル・ヘイデン氏は、後にシュピーゲル誌のインタヴューに答えて、「大統領が知らなかったと言っている以上、大統領は知らなかったのだと私は言おう」と述べながらも、大統領が電話傍受を知っていた事を暗示する発言をしていました。

 なお、ベルリンの米英両大使館は、ベルリン官庁街に位置して連邦首相府は公園を挟んで見通せる空間環境にあります。通信傍受には最適な位置です。米英両大使館の屋上に設置された工作物の形状から判断しても、両国が協力して通信傍受をしていたことが伺われます。なお、その後、屋上の工作物は撤去されたようです。

6 日本にはSCS収集拠点はないのか

 

 ところで、2010年や2012年のNSA資料を見ると、どうも在日の米大使館にはSCS収集拠点が設置されていないようです。日本は米国インテリジェンスにとって重要な標的ですから、収集拠点を置く価値がないとは到底考えられません。そこで、理由として考えられるのは次の二つです。

 第1の理由は、在東京の米国大使館が収集拠点として好ましくない可能性が考えられます。米国大使館の周囲には、高層民間ビルが相当数建てられており、電波環境が悪く収集拠点として適地でないことです。

 第2の理由は、米国大使館にわざわざSCS収集拠点を構えなくても、他に十分なシギント情報入手の手段が確保されている可能性があります。それにはNSA独自の収集手段もあるでしょうし、他のUKUSA諸国によるSCS収集も考えられます。

 この二つの要因が相俟って、米大使館内にSCS収集拠点を設置していないのではないでしょうか。

7 補足

 

 SCSのように外交施設に於いてシギント活動を行うのは、実際は、幅広く行われてきたようです。過去に報道されたところでは、例えば、米ソ冷戦時代の1971年には、米英両国が協力して在モスクワ大使館からソ連指導者の公用リムジン車からの無線通信を傍受していたことが暴露されています。当時、ソ連当局は対抗措置として両大使館に対して強力な妨害電波を照射したとされます。

 他方、米国各地でも、ソ連と他の共産圏諸国は大使館や領事館から通信電波の収集に努めていたとされます。NSAの公式「60年史」によれば、ソ連及びその衛星諸国は、大使館や領事館を拠点にして米国内のマイクロ波通信を傍受していたため、1970年代後半に、秘匿すべき政府通信は、マイクロ波通信を地上回線に移行させ、或は、マイクロ波回線の使用を継続する場合には回線全体に暗号を掛けて対抗したそうです。

 大使館など在外公館を拠点とした通信傍受は、インテリジェンス先進国ではむしろ標準的なシギント活動であり、現在でも広く行われていると覚悟すべきでしょう。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

Close