「UKUSAシギント同盟」とは?

 今回は「UKUSAシギント同盟」について説明します。(2023年6月7日予算や人員を最新のものに修正しました。)

 UKUSAシギント同盟とは、米英加豪ニュージーランド(以下、NZ)5か国のシグナル・インテリジェンス、即ちシギント協力の同盟です。この同盟関係の基本文書がUKUSA協定で、UK(連合王国)とUSA(米合衆国)の名前をとっています。本協定に基づいて、米英加豪NZ5か国のシギント機関は極めて緊密な協力関係を構築しています。この協力関係は、2013年にスノーデンが漏洩したNSA機密文書を見ても、インテリジェンスの成果物の交換というレベルを遥かに超えています。米国NSAの主導の下に、勤務員の人事交流、収集分析における共同や任務分担、更にはシステムの共用・統合運用など、正に一体となってシギント活動を行っています。その一体化した同盟関係を表すため、私は「UKUSAシギント同盟」と呼んでいます。

 そもそも、各種のインテリジェンスの内、情報収集力ではシギント(信号諜報)がNo.1です。その中でも「UKUSAシギント同盟」が世界最強のインテリジェンス機構です。この同盟によって、米国NSAは世界を覆うシギント・プラットフォームを構築することが可能となっていますが、他方、他の英加豪NZ4カ国政府は単独では到底入手できない大量且つ良質なインテリジェンス情報を入手しているのです。

 それでは、本同盟の骨格を見てみましょう。

1 UKUSAシギント同盟の始まり

 UKUSAシギント同盟の発端は、第2次世界大戦における米英両国のシギント協力です。米国は、参戦前の1940年前半には秘密裡に英国とインテリジェンス協力を始めましたが、シギント面では1941年1月から3月にかけて米国代表団が英国を長期訪問して協力を開始しました。その際、米国が日本外交暗号の解読機を提供し、英国が最新のシギント収集分析システムを開示した他、日本海軍暗号、イタリアの暗号、ドイツの暗号について情報交換をしました。米国代表団員(シンコフ)のオーラルヒストリーによれば、この協力は全面的なものでした。同時に両国は極東地域のシンガポールやマニラでも協力を始めました。

 なお、第1次世界大戦では米国の参戦のお蔭で英仏はドイツに勝利できたのですが、それにも拘わらず、英仏は解読していたドイツ外交暗号の解読法を米国に教えませんでした。それに対して、第2次世界大戦では米国は英国に対して、参戦前から異例な全面協力を始めたのです。私は、米ローズベルト政権は、この時点では既に参戦意思を固めていたことの傍証と考えています。

 さて、こうして大戦中、両国は密接に協力し大きな成果を挙げたのですが、この協力関係を大戦後も継続することにしました。そこで米英両国は、1946年3月にBRUSA(Britain-USA)協定という秘密協定を締結し、これが1954年にUKUSA協定と改名されました。 

 大戦中、加豪NZは大英帝国自治領として米英のシギント協力に参加していたので、後に、加豪NZもUKUSA協定の正式参加国となりました。但し、当初米国が加豪両国の秘密保全能力に対して危惧を抱いていたため、正式参加は遅れました。カナダは1949年に米国とCANUSA(CANADA-USA)協定を締結して参加し、豪州は1953年にUKUSA協定を準用して漸く参加しました。なお、NZは当初独自のシギント機関を持たず、豪州シギント機関に職員を派遣して参加していたので、NZも豪州が正式参加した1953年の時点で豪州と共にUKUSA協定に参加したものと看做されています。NZはその後1977年に同国独自のシギント機関を設立し、当初は豪州組織の附属組織として協力に参加しましたが、1980年にUKUSA協定の直接当事者となりました。

2 加盟5か国のシギント機関

 UKUSAシギント同盟5か国のシギント機関は、文書ではFVEYと言う略称を使います。「5つの目」(the Five Eyes)という意味です。それではFVEYについて簡単に見ておきましょう。

(1)米NSA(National Security Agency、国家安全保障庁)

 米国の国家シギント機関です。正規職員数は約3万8千人で契約職員が1万7千人、合計5万5千人で、年間予算は(推定)150億ドル程度の巨大組織です。国防総省に設置された機関ですが、国家諜報長官の指示を受けて運営される大統領や政府全体のためのインテリジェンス機関です。

 その任務は、①シギント、②サイバーセキュリティ、③コンピュータ・ネットワーク作戦(サイバー戦争)の基盤の提供の三つです。政府のサイバーセキュリティ対策では、中心的位置を占めています。

 この他、陸海空軍海兵隊もそれぞれシギント組織を有しており、1972年に各軍シギント活動の調整組織としてCSS(Central Security Service、中央安全保障サービス)が設置されましたが、CSS長はNSA長官が兼務しています。更に2010年にはサイバー軍が設置されましたが、サイバー軍司令官もNSA長官が兼務しています。NSAの他、各軍シギント組織やサイバー軍、或はNRO(国家偵察局)などの予算を合計すれば、米国のシギント予算の全体は軽く3兆円を超えるでしょう(4兆円程度かも知れません)。

(2)英GCHQ(Government Communications Headquarters、政府通信本部)職員数は約7千人で、予算は(推定)20億ポンド(3000億円)程度です。慣例的に外務大臣がGCHQの所管大臣となっていますが、外務省の組織ではありません。

(3)加CSE(Communication Security Establishment、通信安全保障局)職員数は約3千人で、予算は約9億加ドル弱(900億円程度)です。

(4)豪ASD(Australian Signals Directorate、豪信号局)職員数は約2500人で、予算は11億豪ドル(1000億円)程度です。

(5)NZ:GCSB(Government Communications Security Bureau、政府通信安全保障局)職員数は430人で、予算は約1億8千万NZドル(150億円)です。

 米国を除く4ヵ国のシギント機関は皆、各国のサイバーセキュリティの所管官庁です。それぞれ国家サイバーセキュリティ・センターを設置して民間企業と協力してサイバーセキュリティ対策を実施しています。シギント機関がサイバーセキュリティ対策を所管する理由は、攻撃方法を知るシギント機関が最も良く守ることができるからであり、また、UKUSA諸機関の構築したシギント・インフラがサイバーセキュリティにも役立つからです。米国では、歴史的経緯から、シギント機関ではないCISAという組織がサイバーセキュリティ対策全体の所管官庁となっていますが、人材や技術面ではNSAがサイバーセキュリティ対策を主導しています。

4 UKUSA諸国の関係

 UKUSA諸機関の関係は極めて密接なので、基本的に互いの国や国民を情報収集の標的とはしません。即ち、締約国の最高の国益に資する場合(when it is in the best interest of each nation)を除いて、互いの(国内にいる)国民や通信システムを情報収集の標的としない事を共通の了解事項としています。例外的場合には、関係国の理解と協力の下に、情報収集が許されるとしています。

 但し、これにも更に例外があります。スノーデン漏洩情報によれば、NSAの内部指示案では、米国の最高の国益に資するものの、UKUSA関係国の同意が得られなかった場合や、関係国との標的情報の共有が米国の国益を損なう場合は、NSA内の特例手続を経て一方的に通信傍受を実施することができる旨を定めています。その際は、他のUKUSA諸機関がアクセスできない通信網で処理することとしています。

 この内部指示案で分かるのは、UKUSA諸国のように緊密に協力し合う間柄ですら、最高の国益に資するとなれば、了解無しに同盟国を標的とするということです。「インテリジェンスの世界には、永遠の味方も永遠の敵も存在しない。100%の味方も100%の敵も存在しない。そこにあるのは(唯一の判断基準は)国益だけである。」と言われますが、この内部指示案はその論理を明確に示しています。

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