インテリジェンス機関の種類

 欧米諸国におけるインテリジェンス機関の種類について記載します。

 多くの方は、欧米のインテリジェンス機関というと、米国のCIA中央諜報庁、イギリスのSIS秘密諜報庁、通称MI6、ドイツのBND連邦諜報庁、フランスのDGSE対外安全保障総局やイスラエルのMossad諜報・特別工作庁を思い浮かべるのではないでしょうか。

 確かに、これらは代表的な対外諜報機関foreign intelligenceですが、インテリジェンス機関はこれらに限られません。対外諜報機関では、これらの他に、シギント専門機関やイミント専門機関などもあり、情報収集力に関しては強大な力を持っています。更に、軍諜報機関military intelligence、セキュリティ・サービスsecurity serviceもあります。以下、主要なインテリジェンス機関を5つ確認します。

(1)対外諜報機関(ヒューミント機関又は総合機関)

 対外諜報とは、国家首脳或いは政府全体のための諜報活動です。国家の安全保障にとって必要な諸外国の情報を収集し分析して、政府首脳や関係省庁などに提供します。政府首脳の指示を受け、特別作戦も行います。対外諜報機関には、米CIA、英SIS、豪ASIS、イスラエルMossadのように、ヒューミントを主体とする機関と、独BND、仏DGSEのようにシギントもヒューミントも全て行う総合機関とがあります。

 対外諜報機関は、情報収集のためには国内であれば犯罪となるような行為も行います。ハニートラップや脅迫や買収も行います。また、「戦争未満、外交交渉以上」の各種工作も行います。対象国の政界やマスメディア工作によって自国に都合の良い政策を実現させたり、偽情報を流して混乱させたり、場合によっては暗殺によって目的を達することもあります。

 各種の特別作戦は、対外諜報に不可分なものと看做されています。従って、元ソ連KGBのインテリジェンス将校レフチェンコは、日本の「内閣調査室は、主として情報の収集と分析を任務とする機関なので、インテリジェス機関とは言えない。」とまで語っています。

 元来、対外諜報には国内法は及ばないものでした。つまり、国内であれば犯罪となる行為を含めて、国家の安全保障のためには何でも許される世界だったのです。現代は、一定の合法性を求める傾向がありますが、それでも基本は国内法の規制を受けずに活動する組織です。従って、民主主義国家では、対外諜報機関に対しては国内や自国民に対する活動を制限しています。

 対外諜報機関は、実質的に大統領や首相の指揮下にあります。対外諜報とは、国家首脳或いは政府全体のための諜報活動だからです。米CIA、独BNDやイスラエルMossadは、形式的にも大統領や首相の直轄下にあります。英SISは、英国外務省の附属機関と言う人がいますが誤解です。SISは外務省とは別個の独立した機関であり、慣例として同一の大臣が、外務大臣とSIS所管大臣を兼務しています。仏DGSEは形式的には国防省に属していますが、実質的には大統領、首相の指揮下にあります。 

(2)対外諜報機関~シギント機関

 シギント(信号諜報)とは、主として通信からの情報収集です。電話、携帯電話、無線通信、インターネット通信その他の通信を傍受分析して情報を取り出します。通信分析には、暗号解読により通信内容を読み取る技術crypto-analysisのほか、通信内容は読み取れなくても通信状況を分析することにより情報を取り出す技術traffic analysisもあります。最近注目を集めている「ハッキング」もシギントの手法の一つです。シギントは、サイバー空間の発達に伴い、益々重要になっています。

 シギント組織は、一般の対外諜報機関の内部に設置している場合と、独立機関として設置している場合があります。後者で有名なのが、米国のNSA国家安全保障庁や英国のGCHQ政府通信本部です。米NSAは国防総省に属していますが、その運営は国家諜報長官を通じて大統領の指揮下にあります。また、英GCHQを英外務省の附置機関と言う人もいますが、GCHQも独立機関であり、慣例として同一の大臣が、外務大臣とGCHQ所管大臣を兼務しています。

 皆さんはUKUSA協定という言葉を聞いたことがあると思います。UKUSA協定は、米国と英国の他、カナダ、豪州、ニュージーランドの5か国のシギント機関が当事者となっている合意であり、この協定に沿って5か国は密接に協力し合って世界を覆うシギント収集網を構築しています。これはいわばシギント同盟であり、世界最強のインテリジェンス同盟と言えます。これに参加しているお蔭で、英国、カナダ、豪州、ニュージーランドはインテリジェンスにおいて大きな利益を得ています。英国インテリジェンスは、小規模である優秀であると言われますが、それはUKUSAシギント同盟によって膨大なシギント情報を得ているからです。

 また、UKUSA諸国のシギント機関は、それぞれの国におけるサイバーセキュリティ対策の中心を占めています。自ら攻撃する者だからこそ、最新で最有効な防御方法を知っていますし、シギント収集インフラが攻撃者探知のためにも役に立つためです。更に最近では、ハッカーのシステムを先制的にハッキングして攻撃が到達する前に防禦するDefending forwardなどにも取り組んできます。

 なお、シギントによる情報収集力が如何に重要かについては、例えば、ドイツの総合対外諜報機関BNDによる外交関係情報報告の90%が、20世紀後半の一時期には単一のシギント情報源からのものであったと言われています(拙著11頁)。

(3)対外諜報機関~イミント機関

 イミント(画像諜報)とは、写真や映像による情報収集です。光学衛星やレーダ衛星によって宇宙から画像を撮像したり、有人・無人飛行機によって上空から画像を撮像したりして、これから情報を読み取ります。米国の光学衛星の解像度は約10cmといわれており、極めて高解像度の鮮明な画像を数百キロの上空から撮影し地上に即時に送信することができます。

 イミントの独立機関として有名なのが、米国のNGA国家地理空間諜報庁です。NGAも国防総省に属していますが、その運営は国家諜報長官を通じて大統領の指揮下にあります。

 現在のロシア・ウクライナ戦争では、MAXARなど米民間商用衛星の画像が良く報道されていますが、米国の民間商用衛星は実質上NGAの統制下にあります。

(4)軍諜報機関

 軍諜報機関とは、戦争や戦闘など軍事作戦を行うための諜報機関です。米国DIA国防諜報庁、イギリスのDIS国防諜報局、ドイツのMAD軍諜報局、フランスのDRM軍諜報局やイスラエルのアマン軍諜報局があります。軍諜報機関は、軍事作戦遂行のための組織ですから、各国とも国防省に属しています。

(5)セキュリティ・サービス

 セキュリティ・サービスとは、国家の安全保障のために主として国内で活動する諜報活動です。多くの国では、国内治安全般を所管する内務省に属しています。治安を所管する内務省が存在しない国では、司法省に属しています。

 代表的な組織は、米国FBI連邦捜査庁、イギリスのセキュリティ・サービス安全保障庁・通称MI5、ドイツのBfV連邦憲法擁護庁、フランスのDGSI対内安全保障総局やイスラエルのシャバック・イスラエル安全保障庁です。米FBIは一般には司法捜査機関と見られていますが、国家安全保障局National Security Branchがセキュリティ・サービスの機能を担っています。

 セキュリティ・サービスの任務は、主として国内における国家安全保障のための諜報活動です。国家安全保障に対する脅威で大きなものは、外国工作員によるスパイ活動、革命政党による暴力革命・政府転覆活動、極左暴力集団や宗教過激派によるテロ、右翼によるテロなどであり、これらを阻止し、国家の安全保障を図ることを目指しています。また、セキュリティ・クリアランスに関与している場合が多いです。

 情報収集の標準的手法としては、行政通信傍受、信書開披、秘密捜索、監視機材(カメラ、マイク等)の設置、潜入調査、囮調査などが認められており、その情報収集能力は強力です。FBIやシャバックは逮捕権を持っていますが、逮捕権を持っていない英国などのセキュリティ・サービスは逮捕権を持つ警察と協力して活動します。

 以上、インテリジェンス機関の種類について、基礎の基礎をお話ししました。

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