敵地攻撃に必要なインテリジェンス能力:Targeting他

 昨年12月に決定された安保三文書で、「反撃能力」の保持が規定されました。そのためには、長距離精密照準打撃(long-range precision strike) が必要であり、射程1000キロを超えるミサイル装備が計画されています。具体的には、先ず米国からトマホーク巡航ミサイルを購入すると共に、長射程の巡航ミサイルを開発(12式地対艦ミサイル能力向上)装備し、更に、極超音速ミサイルを開発すると記載されています。これら長距離ミサイルが装備できたとして、次の課題は、敵領土内にある基地や兵器を攻撃するために必要なTargetingの能力であり、その為のインテリジェス能力です。

 インテリジェス能力については、安保三文書にも記載がありますが、その記載だけでは具体的にどのようにして必要なインテリジェス能力が整備されるのか、Targetingに必要な能力が獲得できるのか、良く分かりません。その能力獲得のための米国との協力、特に、米国のインテリジェンス諸機関、国家シギント機関NSA、国家ジオイント機関NGA、マシント機関DIAとの協力関係を具体的にどう進展させるかについての言及はありません。  私はTargetingに関するインテリジェンスは専門ではありませんが、インテリジェンスの常識から考えて、Targetingにどのようなインテリジェス能力が必要か「頭の体操」をしてみましょう。

1 Targetingに必要なインテリジェス

 対象国のミサイル軍(ロケット軍)を念頭に考えてみます。  先ず、効果的なTargetingを行うためには、対象となるミサイル軍の全貌を正確に把握する必要があります。ミサイルのサイロや発射パッド、或はTEL(輸送起立発射機)などの所在地を画像衛星によって把握するだけでは十分ではありません。先ず、ミサイル軍全体の戦力組成を正確に把握する必要があります。例えば、軍団(基地)、旅団、大隊の組織編制はどうなっているのか。基地、旅団本部、大隊本部の所在地、大隊を構成するミサイルの種類と数、核・非核の弾頭はどうなっているのか。各部隊の攻撃対象(国)はなにか。全貌を正確に把握する必要があります。また、全ての所在地を、正確な三次元の地理空間座標に紐付けて把握する必要があります。固定サイロは動きませんが、TELは移動します。最初からTELの破壊を諦めるのでなければ、TELの移動展開場所や移動パターンを分析して、撃破できる可能性を高めなければなりません。また、弾頭の核・非核の分別も重要です。敵ミサイル部隊が核弾頭の使用を企図していない段階で、核弾頭ミサイルに対する破壊攻撃をすれば核使用エスカレーションをもたらすかも知れません。更に、近隣の某国のミサイル軍は、2010年までの15年間だけでも2500キロに及ぶトンネルを掘削して地下要塞化しているそうです。その弱点も探索把握する必要があります。

 次に、ミサイル軍を構成する各部隊の態勢も把握する必要もあります。平常態勢にあるのか、警戒態勢にあるのか、攻撃準備態勢に移行しているのか、などです。我が方のミサイル部隊自体が攻撃目標とされている可能性もあります。相手側が攻撃態勢に入っているならば、対応措置をとる必要が生じます。 

 次に、当方が巡航ミサイルで攻撃するとすれば、巡航ミサイルの飛行経路を決定する必要があります。トマホークの例で言えば、敵地の陸上飛行では、飛行経路の正確な三次元デジタル地図が必要になります。レーダで地形を探知しつつミサイルが飛行するためです(TERCOM: Terrain Contour Matchingと言います)。また、最終段階では標的の画像をデータと対照して標的を正確に打撃します(DSMAC: Digital Scene Matching Area Correlationと言います)。これらのために、地形や標的画像などのデータが必要です。 

 次に、対象国の対空砲陣地や対空ミサイル陣地など防禦態勢を把握する必要があります。防空体制が強固な地点は当然回避して飛行する必要があります。効果的な攻撃をするため必要な措置です。  更に、攻撃後は、攻撃が成功したのかどうか、敵の損害を評価しなければなりません。ミサイルを撃ち放しではダメなのです。ヒットしたかどうか、敵に与えて損害はどの程度か、情報を得る必要があります。

 つまり、長距離ミサイルによる精密照準打撃に必要なインテリジェンス能力とは、単に対象国のミサイルの位置座標を得るだけでは十分ではなく、多くの総合的な情報が必要なのです。

2 米国のインテリジェス態勢

 米国の場合、これらに必要な情報は、シギント機関であるNSA(国家安全保障庁)とジオイント機関であるNGA(国家地理空間諜報庁)、そしてマシント機関であるDIA(国防諜報庁)が提供しています。米国はNSAやNGA、更にDIAに毎年何兆円もの巨額の資金と人材を投じて、世界最強のインテリジェンス態勢を構築してきたのです。

 NSAのシギント・プラットフォームの骨格については既にトッピクスで触れました。ジオイントのNGAは、光学衛星KH-11、レーダ衛星ONYX、各種の有人偵察機、無人偵察機からのデータに加えて、米国商用衛星も実質的に統制下においています。マシントでは、DIAは敵ミサイルの発射探知のため、各種の衛星を使って早期警戒態勢を運用しています。SBIRS衛星6基程度、エリント衛星Improved Trumpet3基への探知センサーの搭載などです。また、各種の地上レーダやAWACS早期警戒機も運用しています。膨大なデータ収集態勢を構築しているのです。

3 日本独自で必要なインテリジェス能力を構築できるか

 さて自衛隊は、敵地攻撃に必要なインテリジェンス能力をどうやって構築しようと考えているのでしょうか。「防衛力整備計画」でその能力構築が可能なのかと見渡してみると、敵地攻撃に関連するインテリジェンス予算に関連する注目点は次の4点です。

〇 「静止光学衛星の整備(600億円)」:静止衛星と記載されているので、赤道上高度3万6千キロの静止軌道にある、米国の早期警戒衛星SBIRS衛星と同様な衛星を想定していると推定します。しかし、米国SBIRS衛星並みの性能を短期に開発できるか疑問である上、600億円では1機しか装備できないでしょう。これで、先述した米国の早期警戒態勢に比肩し得る衛星が開発装備できるとは、到底考えられません。また、衛星1機では開戦冒頭に破壊されれば偵察能力を完全に喪失してしまいます。

〇 「衛星コンステレーションを活用した画像情報等の取得」:特別な予算は計上されていないので、内閣情報衛星センターの画像データの活用を前提にしています。内閣情報衛星センターの情報収集衛星は、近年その数も増え性能も向上している筈ですが、米国NGAが運用している各種衛星の画質(分解能など)や広域撮像能力と比肩するには未だに程遠い状況でしょう。

〇 各種の無人飛行機(UAV):「計画」では、各種のUAV多数を装備する予定となっています。米国のMQ-9などは、シギント・システムやイミント・システムを搭載して、データ収集に当たっていますので、日本でもUAVをシギントやイミントの収集アセットとして使うことは有意義であると考えます。しかし、これらのアセットは平時には対象国の領空を飛行できません。対象国沿岸の領空外では、米国は有人の総合シギント機RC-135やUAVでデータを収集していますが、我が国もこれに参加するとすれば米国と運用調整が必要でしょう。また機上のシギント・システムやイミント・システム自体も米国から購入することになるのが自然です。つまり、UAVのデータ収集力は地域的に限定されている上に、その運用には米国との調整が必要とされるでしょう。更に、戦時となれば、これらの情報収集用UAVは地対空のミサイル攻撃に脆弱であることを忘れてはなりません。

〇 不思議なことに、シギント機関の強化については言及そのものがありません。そもそも情報収集の中心はシギント機関です。また「安保三文書」では、サイバー安全保障とサイバーセキュリティの強化については多く記載されていますが、UKUSA諸国ではその中核を担っているのはシギント機関です。ところが、そのシギント機関の強化については記載がないのです。

 以上のように「防衛力整備計画」を見ても、断片的なインテリジェス能力強化案は提示されていますが、シギント力やイミント力を抜本的に強化する提案とは評価できません。我が国独自で「反撃能力」を運用できるインテリジェンス能力は獲得できないでしょう。  そこで、米戦略国際問題研究所CSIS日本部長のクリストファー・ジョンストン氏は、「日本は反撃能力による攻撃に着手するために米国の諜報、偵察、標的設定、損害評価の能力に頼らなければならない」と述べているのです(『産経新聞』2023年2月20日付)。

4 CSIS日本部長の提案

 CSISのジョンストン氏は、次の提案をしています。「日本が常設の『統合司令部』を創設し、日本自らの指揮統制を変える」。次に、「自衛隊の統合司令部のカウンターパートとして協力する米軍の統合司令部が必要」。そして、「統合された同盟の一環で情報共有を進める」です。 これは言い換えると、米軍の統合司令部と自衛隊の統合司令部とで、作戦を統合する。その作戦の一環として米軍が情報提供をして自衛隊が「反撃能力」を運用するということです。つまり、自衛隊の「反撃能力」は、日米同盟の構成要素として(実質的には米軍の指揮下で)運用するという提案です。

 米国にとってジョンストン氏の提案は当然でしょう。まず、我が国独自で「反撃能力」を運用するに必要なインテリジェンス能力が不足しています。また、米軍との共同なしに効果的な戦争は不可能でしょう。更に、米軍としても自衛隊に独自判断で勝手に行動されては困るのです。近隣国との交戦は核戦争へとエスカレーションする可能性がありますので、米軍との密接な調整の下に実行されるべきものです。

5 我が国のインテリジェンス能力の強化策

 しかし、我が国にとってはジョンストン氏の提案では不十分で、我が国自体のインテリジェンス力を強化する必要があります。それは作戦面の向上に加えて、我が国は政治外交経済を含む国家としてのインテリジェンス力を強化する必要があるからです。  そのためには、米国NSAやNGAをモデルとして、我が国の国家シギント機関と国家イミント機関を創設する必要があります。そして、UKUSAシギント同盟とASGイミント同盟への加盟を目指して、シギントとイミントを抜本的に強化することです。ここで米国をモデルとするという趣旨は、米国NSAやNGAの組織機能や運営を手本にするということであって、規模をモデルにするということではありません。(参照:拙著『ウクライナ戦争の教訓~我が国インテリジェンス強化の方向性(改訂版)』(警察政策学会資料第125号、2022年12月))

(1)国家シギント機関:現在のシギントはインターネット空間が重要ですから、対外的なコンピューター網工作(CNE)やインターネット通信の傍受など平時から一定の権限を整備する必要があります。UKUSAシギント同盟諸国のように、シギントに加えサイバーセキュリティの中核機関とする必要もあります。防衛省に設置するべきですがNSAに倣って人事予算運営については、インテリジェンス面における総理大臣の代理人として内閣情報官の権限を強化する必要があります。また、陸海空その他サービス・シギント組織を強化整備すると共に、米国のCSS(中央安全保障サービス)に倣って、サービス・シギント諸組織の統合調整機構も設置すべきでしょう。

(2)国家イミント機関:内閣衛星情報センターを抜本的に拡充して、且つ、米国NGAに倣い、衛星情報のみならず、有人無人航空機による画像情報も統合分析する組織とする必要があります。また単なる画像分析から、米国NGAのような高度なジオイントGeospatial-Intelligence地理空間諜報への発展を目指すべきでしょう。防衛省に設置するべきですが、人事予算運営については、インテリジェンス面における総理大臣の代理人として内閣情報官の権限を強化する必要があります。

 このように、シギント、イミントを抜本的に強化してこそ、「反撃能力」行使・敵地攻撃に関して、我が国も米軍に対して自国の立場をより強く主張できるのではないかと考えます。

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