1 ロシア・ウクライナ戦争におけるウクライナ善戦の背景に米国によるインテリジェンス支援があることは衆目の一致するところでしょう。
米CIAバーンズ長官の議会証言によれば、1月中旬ウクライナを訪問してゼレンスキー大統領と面会し、ロシア軍の戦争計画についてグラフを使用して詳細に情報共有し、それ以降、米国は毎日情報提供をしてきたそうです。
その結果、例えばロシアの戦争計画では、侵攻直後に首都キーウ北方のホメストル空港を空挺部隊が占拠してここを作戦拠点に首都制圧を図る予定であったのですが、ウクライナは攻撃予定の情報提供を受けていたため占拠を阻止できたといいます。同空港をロシア軍が占拠していれば、戦況は大きく変わっていたでしょう。インテリジェンス支援の重要性を示す一例です。
そこで宮家邦彦氏など一部の有識者は、日本も対外諜報機関の創設を、と提唱しています。確かに対外諜報の強化は不可欠です。しかし、対外諜報機関の創設と言っても、どのような機関を創設すれば良いのか。ヒューミント機関を意味しているのか。我が国独力で可能なのか。具体的にどうすれば、必要なインテリジェンスを得ることができるのかについての論究は見当たりません。
その原因は、そもそも米国インテリジェンス諸機関に対する理解が不足しているためだと考えます。
2 ロシア・ウクライナ戦争においては、米国によるインテリジェンス支援の中核はシギント、イミント、マシントであり、インテリジェンス機関としては、国家安全保障庁(NSA)、国家地理空間諜報庁(NGA)、国防諜報庁(DIA)です。
国家シギント機関であるNSAは、国内民間データセンター収集、通信基幹回線収集、外国衛星通信傍受、特別収集サービス(CIA共同事業)、コンピューター網収集、シギント衛星収集、RC-135など機上収集、水上艦艇・潜水艦収集、その他世界を覆う収集システムを構築しており、これには、UKUSAシギント同盟(英豪加ニュージーランド加盟)も貢献しています。更に、NSA長官は、各軍シギント部隊の統制機構Central Security Service長、更に、サイバー軍司令官も兼務して、これら諸機関の協働円滑化を保証しています。当然、ロシア軍やロシア政府の通信も傍受しています。
国家イミント機関であるNGAは、国家イミント衛星、米国商用衛星、MQ-9など各種無人偵察機などを運用しており、更に2009年にはイミント版UKUSA、地理空間諜報同盟ASGを発足させ、英豪加ニュージーランドとの協力体制を強化しています。また、当然ながら、独仏伊などの画像・レーダ衛星情報も入手しているでしょう。
マシント機関であるDIAもAWACS航空機ほか多くのセンサーを運用しています。
米国のインテリジェンス力の背景には、このようなシギント、イミント、マシントの総合力があるのです。
3 以上を前提に日本のインテリジェンス力を強化するにはどうしたらよいのでしょうか。
日本が如何に頑張っても独力で米国並みのインテリジェンス力を創設することは出来ません。従って、米国と協力してインテリジェンス力を強化する他に道はありません。
但し、インテリジェンスの世界は博愛事業ではありません。常に「Give &Take」です。こちらに提供できるものがなければ、受け取ることもできないのです。例えばUKUSAシギント同盟に入りたいと言っても、簡単に入れてはもらえません。当方にそれだけの機関がなければ入れません。
そこで日本がインテリジェンス強化でなすべきことは、先ず、シギント、イミント、マシントの各分野で、米国と協調できる国家シギント機関、国家イミント機関、国防マシント機関を創設し或いは強化することです。シギント、イミント、マシントで自助努力してこそ、米国との協力体制も強化できるのです。