元DNIの自民党調査会における発言の意味2(セキュリティ・クリアランス)

 4月14日、元米国国家諜報長官(Director of National Intelligence:DNI)のデニス・ブレア氏は自民党安全保障調査会の会合で、①我が国のサイバー能力の向上を求め、②また、機密取扱い資格制度「セキュリティ・クリアランス」の強化も求めたといいます(産経新聞5月20日付)。前回は①について述べたので、今回は②機密取扱い資格制度「セキュリティ・クリアランス」の強化について説明します。 

 特定秘密保護法が2013年に制定されたので、我が国の秘密保護制度は、一応欧米諸外国並みに整備されたと考えている人も多いのではないでしょうか。しかし、現実はそうではないのです。だから、ブレア氏が、セキュリティ・クリアランス制度の強化を求めたのではないかと思います。勿論、我が国の秘密保護制度全体には多くの課題が残されているのですが、中でもセキュリティ・クリアランス制度の欠陥が目立つということではないかと思います。

 それでは何が問題なのでしょうか。米国と我が国のセキュリティ・クリアランス制度を対比すると、審査内容の指針と調査方法の両面で大きな違いがあります。

 先ず、審査内容の指針では、米国では先ず、「国家の秘密情報にアクセスする特権を持つ地位にプライバシーは存在しない」という大前提があり、全人格的評価となります。つまり、全人格が評価される。具体的には、米国に対する忠誠心があり(破壊活動、スパイ、反逆行為、テロ、騒乱行為などに関与したことがなく)、外国の影響から自由であること、性的行動で危険がないこと、経済金融的に問題がないこと、など評価項目は多方面に及びます。ところが、我が国では米国のような広汎且つ詳細な審査指針ではなく、評価項目は法律で規定された7項目に限定されています。国家に対する忠誠心や政府転覆活動についての言及はありません。また、閣議決定でプライバシーの保護がうたわれており、全人格的調査とは程遠いものがあります。

 次に、調査方法ですが、個人の背景調査(background investigation)のやり方に大きな差異があります。米国では、本人の提出する質問票回答に基づいて、専門部署による専門的調査が行われます。即ち、政府機関である国防防諜・安全保障庁(職員数1万人以上)の専門職員が徹底的な調査を行います。調査項目は、FBI等国家機関・地方警察照会、経済状況・信用情報調査、学校歴調査、職歴調査、知人友人調査、近隣居住者調査、元配偶者調査、訓練を受けた職員による本人聴取(一部官庁ではポリグラフ使用)など、実地に広汎な調査が行われます。且つ、この調査は必須なのです。(なお、CIAとFBIは調査能力を持っているので、自機関で調査しています。)これに対して、我が国では、専門部署による専門的調査が義務付けられていません。先ず、質問票はあるのですが米国と対比すると簡略です。また、質問票回答に基づいて調査はできるのですが、米国と異なり、この調査は義務的ではなく疑念がある場合に調査するという構造になっています。米国では疑念があるかどうかに関わりなく、むしろ疑念をあぶりだす為に全員に対して徹底的な調査をするのですが、我が国では疑念がある時に調査をするという構造です。特定秘密保護法の制定によって、政府に背景調査の専門実働組織が設置されたという話もありません。従って、調査票回答と上司面接だけ、いわば仲間内のなあなあの調査に終始する危険性が高いと言えます。警察の様に自ら調査能力を持つ官庁は別として、殆どの官庁ではおざなりな調査になる可能性が高いのです。

 要するに、特定秘密保護法の制定で、我が国の秘密保護制度は前進はしたのですが、まだまだ不十分だということです。真に機密を保全するには、米国を見習ってセキュリティ・クリアランスを強化する必要があるのです。強化しなければ、米国の信頼は得られないでしょう。 

5月30日追記)「国家背景調査局」の業務は2019年10月に「国防防諜・安全保障庁(Defense Counterintelligence and Security Agency)に移管されている、と御指摘を受けましたので修正しました。国家背景調査局の人員は、正規職員約3千人、契約職員約5千人という数字がありました。国防防諜・安全保障庁全体の職員は1万人以上です。

〇(5月30日追記)デニス・ブレア氏は、2013年に我が国で特定秘密保護法が制定されたことを知らないので、セキュリティ・クリアランス制度の強化をと発言しているのではないか、との御指摘を頂きました。元DNIともあろう者が日本で議論する課題について事前勉強せずに来訪するとは、余りにも杜撰です。まあ、その可能性も無きしもあらずと考えますが、本文は修正していません。ここで小生が指摘したいことは、何れにしろ我が国のセキュリティ・クリアランス制度運用が米国と比べて大変甘いということなのです。

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