秘密区分TOP SECRETとSCI機微区画情報

 米国Teixeira情報漏洩に関連して、最近、テレビの情報番組を二つ視聴しました。その番組では、インテリジェンス専門家が、米国のSCI(Sensitive Compartmented Information:機微区画情報)は、TOP SECRETより上位の秘密区分であるかの如く説明していましたが、これには驚きました。残念ながら、明白な誤解です。SCIは米国の秘密保全制度の根幹をなす制度ですので、SCIを誤解しているということは、米国の秘密保全制度を正しく理解していないということになります。SCIは秘密保全上極めて重要なので、ここで、簡単にSCIについて説明します。

 なお、我が国には公式な制度としてのSCIは存在しません。存在しないという事実そのものが、我が国政府に秘密保全制度に対する理解が不足しており、弱体であることを示しています。

1 秘密区分とSCI(Sensitive Compartmented Information:機微区画情報)

 米国の秘密区分は、大統領命令第13526号で規定されており、Top Secret(機密)、Secret(極秘)、Confidential(秘密)の三区分です。この三区分は、情報が漏洩された場合の国家安全保障に及ぼす影響の大きさで決められています。米国の秘密区分はこの三つだけで、SCIは秘密区分ではありません。

 それでは、SCIとは何でしょうか。SCIとは情報へのアクセス・コントロールの制度です。現在は1995年制定の中央諜報長官指令DCID1/19で規定されています。情報保全のために、保全すべきインテリジェンス源・活動ごとに区画化し(Compartmentation)、その区画情報にアクセスするには、区画ごとに個別のアクセス承認を受ける必要があります。アクセス承認を得るには、当該区画情報に対するneed to knowがあること、SCI対応のセキュリティ・クリアランスを持っていること、当該区画情報に関する秘密保全教育を受けていること、当該区画情報の不開示同意書に署名することが必要です。

 どのような機微区画があるか、一部は開示されていますが、多くは不開示です。大区画(Program)、区画、小区画の3段階の階層があり、全部で100~300の区画があると言われますが、詳細は不明です。判明している区画の一部を紹介します。先ず、HCS(Humint Control System)というヒューミントのProgram(大区画)があります。その中の区画にHCS-P(HCS-Product)とHCS-O(HCS-Operation)があります。HCS-Pはヒューミント情報の区画であり、ヒューミント活動による情報成果にアクセスするにはこの資格が必要です。HCS-Oはヒューミント作戦の区画であり、ヒューミントのオペレーションに関与するにはこの資格が必要です。HCSにはこのほか二つの区画があると言われますが、詳細は不明です。

 次に、SI(Special Intelligence)というProgram(大区画)があります。これはコミント(通信諜報)の区画であり、コミント通信諜報にアクセスするにはこの資格が必要です。この大区画の中には、ECI、GAMMA、ECRU、NONBOOKなどの区画があり、更にその中には多数の小区画があるとされますが、詳細は不明です。この他のProgram(大区画)で有名なものにはTK(TALENT-KEYHOLE)があります。現在これはシギント衛星やイミント衛星、或は航空機など上空からの情報収集活動の大区画です。そこで、シギント情報でもシギント衛星で収集した情報にアクセスするには、このTKの資格が必要です。例えば、インテリジェンス情報に「TS//SI/TK」と表示されていれば、この情報にアクセスするには、TOP SECRETのクリアランスと併せて、SIとTKの2つのSCI資格が必要ということです。

 どうでしょうか。SCIがアクセス・コントロールの制度であって、秘密区分でないことが理解いただけたでしょうか。従って、SCIは、TOP SECRETレベルに限らずSECRETレベルの情報の中にもあります。

 NSAの公開情報によれば、SCI制度の始まりは、実は、日本関連のMAGIC情報だそうです。日本外務省は1939年に電子機械式の「B型暗号機」の運用を始めますが、米国は1940年末には解読に成功しています。秘密保持のため1941年1月に解読情報はMAGICと名付けられ配布先は大統領以下10人だけに限定されました。これがSCIの始まりです。

2 実例で見るClassification(秘密区分、SCI等の表示)

 Teixeira情報漏洩に関する米国のマスメディア報道では、漏洩されたインテリジェンス・プロダクトのコピーそのものが幾つか掲載されています。そこでその一つを例に取り上げて、米国の秘密区分、SCI、配布先統制システムがプロダクト上どのように記載されるか、見てみましょう。

 それは、「Ukraine|Envisioning a Campaign Targeting Russian Forces in Syria」という表題の統合参謀本部J2・DIA作成2023年1月23日付文書で、4月20日にワシントン・ポストが掲載しています。本プロダクトの情報内容は、ウクライナがシリアでロシア軍に対する攻撃を計画していたが、ゼレンスキー大統領の指示で計画を中止したというものですが、情報全体の秘密区分・SCI・配布先統制システム表示が「TOP SECRET //HCS-P/SI/ORCON-USGOV/NOFORN」です。これを説明します。

 TOP SECRETはプロダクトの秘密指定区分が、機密であることを示しています。次にHCS-PはHumint Control System-Productの略称で、当該情報のアクセスには「ヒューミント情報」というSCIアクセス権限が必要であることを示しています。次に、SIはSpecial Intelligenceの略称で、当該情報は「コミント」というSCIアクセス権限が必要であることを示しています。つまり、この情報全体を読むには、「機密」のクリアランスを保持し、且つ「HCS-Pヒューミント情報」「SIコミント」の2つのSCIのアクセス権限が必要なのです。

 ORCON-USGOVとは、外国配布先統制システムの表示です。情報提供可能な外国機関は当初の段階で決定されており、それ以上の配布は情報出所機関の事前の承認が必要という意味です。NOFORNとはNot Releasable to Foreign Nationalsの略称であり、情報出所機関の事前の同意がない限り外国機関には提供してはならないという意味です。

 次に、本プロダクトの情報内容を見ると、段落毎に秘密区分・SCI・統制システム表示がありますが、主体は「TS/SI/REL FVEY」又は「S/HCS-P/ORCON-USGOV/NOFORN」の二つの表示であり、このプロダクトが主として二つの諜報源から構成されたことが分かります。即ち、「TS/SI/REL FVEY」とは、「TOP SECRET /Special Intelligence/Release to Five Eyes」で、これは機密のコミント情報であり、UKUSAシギント同盟諸機関(米英加豪NZ)と共有される情報であることを示しています。「S/HCS-P/ORCON-USGOV/ NOFORN」は、極秘のヒューミント情報であり、外国機関には提供してはいけない情報であることを示しています。ここでは、HCS-P機微区画情報は、TOP SECRETではなく、SECRET極秘です。

 説明は以上ですが、如何でしょうか。米国の秘密保全制度は優れた設計になっています。特にSCI制度は、一方で秘密を保全しながら、他方、秘密情報の共有を進めるためには必須の制度であると思います。不幸にして、今回はTeixeiraという人物によって秘密情報が漏洩されてしまいましたが、我が国もSCI制度の導入を真剣に考えるべきでしょう。逆に、SCI制度も知らないようでは、米国インテリジェンス関係者からはインテリジェンスの素人と評価されても仕方がないでしょう。

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