トランプ前大統領狙撃事件と警護の教訓

 2024年7月13日、トランプ前米大統領は、ペンシルベニア州における選挙集会で、演説中に狙撃され負傷しましたが軽傷で済みました。狙撃後のシークレットサービスの対応は、訓練通りの優れたのものでしたが、他方、狙撃前の警護措置には問題も見られます。本事件から学べる我が国警護への教訓を記載しました。(9月24日改訂)

 なお、次の1~3については、「トランプ前大統領狙撃事件とSS警護の課題:9月改訂版」を御覧下さい。

1 暗殺未遂事件の経緯

2 米国SSの警護態勢

3 今回の警護措置の問題

                               ・

4 我が国への教訓

 今回の暗殺未遂事件にかかわるSSによる警護措置で、成功例として見習うべき教訓や、失敗例としてその背後に見られる教訓を幾つか提示します。

(1)警護対象者の自衛行動の教育

 本事件では、狙撃に気が付いたトランプ前大統領は、直ぐに、現場にしゃがみ込んで姿勢を低くして攻撃可能面積を狭くしています。常日頃から、狙撃を受けた時の自衛行動として、SSが警護対象者に教育していると見られます。本事件では、この自衛行動とSS身辺警護員の対応により、第2次の狙撃5連射からトランプ氏は守られています。

 仮に、安倍元総理暗殺事件で、1発目の狙撃を受けた後に、すぐ姿勢を低くしていたとしたら、結果は違ったものになっていた可能性があります。この点は警察庁の報告書にはありませんでしたが、その後、警護対象者に対する教育をするなど、被害極限の努力をしているのでしょうか。

(2)身辺警護チームの一体性

 身辺警護チームは、警護対象者を守るためにリーダーを中心に一体として機能する必要がありますが、今回のSS身辺警護チーム5人程は、狙撃発生後、トランプ氏に殺到して身体で覆って守るなど、教科書通りに一体的に機能したと評価できます。一体的に機能するには、チーム構成員が互いを良く知って自然とチームワークが発揮できる態勢になっていることが重要です。その上で、符牒などを使用して警護無線を駆使する必要もあります。

 我が国の警護の実態を見ると、安倍元総理暗殺事件の際や、岸田総理暗殺未遂事件の際にも、身辺警護チームは、警視庁SPと現地県警察警護員のアドホックな混成チームで、リーダーを中心に一体的に機能したとは言えない状況でした。両事案とも、このようなアドホックの混成チームの弱点が露呈したと言えるでしょう。今後もアドホックな混成チームでの警護を基本とするのであれば、チームワーク確保のために相当の努力が必要でしょう。

 また、安倍元総理暗殺の報告書によれば、身辺警護チームは警護無線を使いこなしていませんが、具体的にどう改善するのか、対策は実施されているのでしょうか。

(3)身辺警護員の装備

 今回の事案でも明白になりましたが、身辺警護員の主要な任務は、警護対象者に対する攻撃を身体で受け止めることであり、正に「盾」となることです。映像で見る限り、SS身辺警護員は防弾チョッキを着用しており、他方、我が国で多用されている防弾板は今回見られません。咄嗟の場合には、防弾板を開いているよりも、防弾チョッキ着用の身辺警護員が覆い被さった方が、俊敏且つ防護範囲が広いのは明らかです。我が国でも、防弾チョッキと防弾板の使用方法を検討すべきでしょう。

(4)緊急治療の準備

 安倍元総理暗殺事件においては緊急治療が可能な病院までの搬送に時間を要していましたが、事件後に発表された警察庁報告書では、警護対象者が受傷した場合の緊急治療について言及がありませんでした。

 今回のトランプ前大統領暗殺未遂事件では、幸い軽傷だったので救急車では搬送しませんでしたが、現場には高規格救急車と救急医が待機していました。また、狙撃から準備した病院に到着して治療開始するまで30分未満でした。我が国では、現在、この緊急病院や緊急治療の準備はしているのでしょうか。

(5)無線通信の活用:他山の石

 本来、身辺警護員、狙撃対策班、行先地警護員、地元警戒員など、警護従事者は、無線通信で結ばれていなければなりません。それが本事件ではSS担当官の怠慢によって、地元警察が把握した不審情報や脅威情報が、SS身辺警護員やSS狙撃対策班に迅速に伝達共有される無線通信系が構築されていませんでした。無線通信系の構築の失敗です。更に、SSの現地指揮所の担当官は、SS狙撃対策班に対する情報伝達で無線通信を使うべきところ、携帯電話を使用したこともありました。我が国でもこのような失敗が起きないように、警護従事者間の無線通信系の構築と活用には特段の意を払う必要があります。

(6)狙撃対策班:他山の石

 今回の狙撃事件での抜かりの1つは、SS狙撃対策班の対応です。狙撃場所となった建造物屋上は、警護対象者から約140mと狙撃の適地でした。従って、SS狙撃対策班は、この建造物に対する警戒を怠ってはならないのですが、樹木による死角の発声などのため、狙撃犯人に合計8発も発射されしまいました。SSの狙撃対策の専門家ですら、こういう失敗を犯すのです。

 射距離200m程度は容易な狙撃距離で、狙撃専門家でなくても十分狙撃できる距離です。射程1マイル以上の狙撃銃も普及していますし、実際の戦場では3km以上の遠距離から狙撃を成功させている事例もあります。我が国の警察官の殆どは、自動小銃の射撃経験がないので、小銃の威力についての肌感覚がありません。そういう状況で、どの程度の狙撃対策をとるか大きな課題だと思います。

(7)先遣サイトエージェントの重要性:他山の石

 今回の狙撃事件での最大の問題は、SSの先遣サイトエージェントの怠慢です。必要な無線通信系の不構築、狙撃対策班の地元警察との連携不足、狙撃場所となった建物屋根上に対する警戒不足など、全て多かれ少なかれ先遣サイトエージェントに責任があると思います。

 米国SSのように場数を踏んだ専門家、先遣サイトエージェントによる行先地警護の統括調整があっても、そこに怠慢があれば今回のような失敗が生じます。他方、我が国の場合は、必ずしも場数を踏んだ専門家が現場で調整する訳ではなく、警察庁からの書面指導が中心となると推定されるので、相当の工夫を要すると思います。

 

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