FISA702条の有効期間延長と一部改正

 2024年4月20日、対外諜報監視法702条の有効期間を延長すると同時に、同法律に一定の修正を加える法律が、連邦議会で可決、同日大統領が署名して成立しました。対外諜報監視法702条は、2008年に制定されましたが、同条は時限立法であり、2012年、2017年と期限を迎える度に更新されてきました。しかし、今回は大きな政治問題となり、有効期限の2023年末になっても決着が付かず、有効期限が4月19日まで暫定延長されていました。結局、もめにもめた挙句、マイケル・ターナー下院諜報委員会委員長(共和党)が提案した法律案(政府の意向に沿ったもの)が4月20日未明に至り可決されましたが、その内容と背景について説明します。

1 政治問題化の背景と法律制定

 政治問題化した原因は、FBIによる米国人情報の大量検索です。 本条による通信データ収集の標的は米国外の非米国人ですが、同人の米国内の米国人との通信も付随的に収集されてしまいます。こうして収集されたデータに対しては、NSA、CIAやFBIの職員が「検索手順」に従って国家安全保障目的(対外諜報、防諜、テロ対策など)のための米国人情報の検索が認められています。(元来の司法省の立場は、一旦適法に収集され既に政府保有となった情報については、その情報内容を検索するのは憲法修正第4条で規制される捜索には当たらないというものです。)NSAやCIAは、そもそも組織目的からしても、データ検索は国家安全保障目的に行うものですから、その運用に特に問題はありませんでした。2015年1年間の両組織のデータ検索は、通信内容についての検索件数で5千件以下とそれ程多いものではありません。

 ところが、どうもFBIはデータベースに対して米国人情報を日常的に大量に検索をしていたようです。本件が最初に問題化した2015年頃、FBIは、702条収集データは他のデータと統合して保管されているので、そもそも702収集データに対しての検索件数自体が把握できないと主張していました。当時は、国家安全保障目的に限らず、一般犯罪捜査目的でも、日常的に検索していたようです。例えば、FBIの一部局は2016年末から2020年初の間、地方警察の殺人事件の関係者(被害者、肉親、証人、容疑者)名リストについて、恒常的に情報検索をしていましたFISC Opinion April 2022)。そのため、無令状の「裏口からの捜索」、権限濫用であると批判されました。

 そこで、2017年の702条の有効期限延長の際の法律改正では、従来法律に規定のなかった「検索手順」の記述が加わり、「標的決定手順」と「最小化手順」と合わせて対外諜報監視裁判所の認証対象とされました(702条(j))。更に、米国人の(通信内容に係わる)情報検索は、国家安全保障と係わりのない刑事捜査においては裁判所の令状なしに行ってはいけないこととされました。

 しかし、その後もFBIは、①2020年5月の警察官による黒人ジョージ・フロイト殺害事件後の抗議デモの逮捕者133人の検索、②2021年1月の連邦議会襲撃事件の参加者や関係者について数万件の検索 ③特定の連邦議会議員の支援組織への寄付者1万9千人全員の検索などを、外国インテリジェンスとの関係性を明らかにするためと称して実行してきました。更に④2020年から2021年にかけて、米国人を非米国人と位置付けて情報検索していた件数が10万件単位でありました。これは、さすがに行き過ぎであるとして対外諜報監視裁判所によって批判されています(FISC Opinion April 2022)。FBIによる2021年の米国人情報の検索件数は300万件近くにも上っていたのです(但し、その内の190万件はソーラーウィンド事件関連とされています)。

 そこで、FBIは改善に取り組み、2021年6月には検索用のシステム・プログラムを変更し、更には同年11月には「検索指針」を発出してFBI職員の検索の適法性は大幅に改善されました。検索件数も2021年の300万件弱から、2022年は12万件弱、2023年は5万7千件と激減しており、2021年の2%未満です。今回の下院諜報委員会委員長の提案した法律案は、それら既に実施されているFBIの改善事項を法定化する内容でした。

 この政府の意向に沿った法律案に対して、共和党右派と民主党左派の一部の議員は、それでは人権保障が不十分であるとして、FBIによる米国人情報の検索には全てに裁判所令状を義務付けるなど、更なる規制強化を主張してもめていたのです。それに対して、政府はは全てに裁判所の令状を要求するならば、テロ対策、スパイ対策、選挙干渉対策など迅速な対応が必要な事案に対応できないとして更なる規制強化には強く反対していました。結局、法律の延長期限を2年間に短縮して、仮にトランプ政権が再び成立した場合に、法案成立の拒否権を持つ大統領に見直す機会を保障することで、漸く下院諜報委員長提案の法律案が可決されたのです。

2 702条収集の主な改正点:FBIによる検索の規制

 本法律によるFBIの検索に関する改正、規制強化の要点は次の通りです。

〇 専ら犯罪捜査のために検索することは禁止する。但し、生命や重大な身体障害の脅威に対処のための検索は可能。(702条(f)(2))。なお、当然のことながら、スパイ対策、テロ対策その他国家安全保障を目的とする検索は、同時に犯罪捜査目的があったとしても許されます。

〇 米国人情報の検索に当たっては、必ず権限ある上司の承認を受けること。702条(f)(3)(A))

〇 米国人情報の検索をするには、個別に理由を記載した文書を提出すること。(702条(f)(3)(D)(ⅲ))

〇 大量検索(100人以上)をするには、FBI内の弁護士の承認が必要であること。702条(f)(3)(D)(ⅱ)(cc))

〇 政治任用者は、米国人情報検索の承認手続に関与してはいけないこと。(702条(f)(3)(D)(ⅱ)(Ⅱ))

 これらの他にも、FBIの情報検索に関しては様々な規制が課せられており、FBIへの不信感が強いことが、分かります。

3 対象となる「電子通信サービス提供者」の定義拡大

 他方、本法律によって協力を要求できる「電子通信サービス提供者」(electronic communication service provider)の定義が拡大されました701条(b)(4))。この定義拡大の背景は、2022年に司法長官と国家諜報長官が新たな業態の企業に協力指示を出したのに対して、当該企業が、自社は協力義務を負う「701条(b)(4)の『電子通信サービス提供者』には当たらない」として対外諜報裁判所に訴訟を提起して勝訴したためとされています。(FISC-R, IN RE PETITION TO SET ASIDE OR MODIFY DIRECTIVE ISSUED TO ××, on Petition for Review of a Decision of the FISC, Decided ×× 2023)。開示された裁判所決定は黒塗りばかりで、具体的な業態はよく分かりませんが、クラウド・データ・センター企業と推定されています。現在はデータ・センター機能の貸借が進んでおり国外企業や外国政府にも賃貸する企業が出てきたため、そのようなデータ・センター機能を賃貸する業態の企業を協力対象企業に含めるための改正のようです。本改正によって、「プリズム」参加企業が2013年のスノーデン資料漏洩時の9社から、既に増加していることが推定できます。

4 リベラル派マスメディアの支持社説

 興味深いのは、Washington Post紙の4月9日付けの社説です。Washington Post紙はNew York Times紙と並んで、リベラルと見られらているマスメディアですが、この社説では、政府の立場を強く支持しているのです。即ち、FBIによる米国人情報の検索に裁判所令状を要求する規制強化に賛成するのではなく、基本的に現状維持の法律案の可決が重要であるとしています。テロ対策、スパイ対策、選挙干渉対策などには迅速な対応が必要で、FBIの米国人情報の検索に裁判所の令状を要求するのは、その迅速性を毀損することになるから反対という社説です。リベラル派マスメディアが、国家安全保障の重要性を主張する社説を掲載しているのを目にするのは、新鮮な感覚です。

(2024年5月6日追記)

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