中国の「千人計画」参加教授、虚偽供述で有罪

 ノーベル賞候補に擬された高名なハーバード大学教授が、中国の人材獲得政策「千人計画」に参加しながら米国政府に申告しなかったとして、2021年11月に有罪を宣告されました。2023年3月中に刑が宣告される予定です。

 この事件の注目点は、第1に、経済安全保障に関連する事件であること、第2に、虚偽供述罪を適用した事件であることです。虚偽供述罪とは、合衆国法典18篇1001条(a)(2)(虚偽供述)の規定ですが、米国政府の所管事項において虚偽の供述をしたり虚偽情報を提出した者には5年以下の拘禁刑又は25万ドル以下の罰金を科すと定めています。虚偽供述罪は、連邦政府職員に対して「直接」虚偽の供述をしたり虚偽情報を提出しなくても、「間接的に」(本事件では大学を通して)虚偽情報を提出しただけでも有罪となることです。本罪は適用範囲が広く、外国スパイの摘発やインテリジェス機関員のセキュリティ・チェックの実効性を担保する上でも、極めて有効な手段となっています。

 それでは、事件の顛末を見てみましょう。

 ハーバード大学チャールズ・リーバ教授は、ナノテクノロジーの世界的な権威です。400以上の査読付き論文を執筆し、大学の化学・ケミカルバイオロジー学部長も務めていました。また多くの特許を持ち、ベンチャー企業にも参加し、ノーベル化学賞候補にも擬されていました。そのリーバ教授は、2008年から2019年までに米国の国立衛生研究所や国防総省から合計1500万ドル以上の研究助成を受けています。これらの研究助成の条件には、外国の政府や組織からの経済支援の有無など利益相反情報の報告がありました。

 一方、リーバ教授は、2011年以降、中国・湖北省の武漢理工大学の「戦略科学者」として契約し、2012年から中国の「千人計画」に参加していました。そして3年間に月5万ドルの報酬、生活費100万元と研究費150万ドル、合計340万ドル以上を受領していました。ところが、リーバ教授は、米国政府に対して、これらの情報を報告していなかったのです。リーバ教授はハーバード大学にも隠していました。

 そのため、2020年1月ハーバード大学の敷地内で逮捕され、連邦地区裁判所で裁判を受け、2021年12月に有罪評決を受けています。

 有罪とされた事実は、①2018年4月にリーバ教授が国防総省担当官から事情聴取を受けた際に、「千人計画」に参加していないと虚偽の供述をしたこと(1罪)。②2018年11月国立衛生研究所からの問合せを受けて、2019年1月ハーバード大学は報告書を提出しましたが、その内容はリーバ教授からの事情聴取に基づいて武漢理工大学との関係と「千人計画」参加を否定したものであり、大学に虚偽の報告書を提出させたこと(1罪)。更に③中国で得た報酬の不申告(2罪)と④報酬を預金した中国国内の銀行口座の不申告(2罪)です。

 先ず、①と②は合衆国法典18篇1001条(a)(2)(虚偽供述)に該当します。注目されるのは②のように、本人自ら提出した文書でなくても、本人からの事情聴取に基づいて大学に虚偽の文書を提出させただけでも有罪となる点です。なお、③は所得税法違反(収入の不申告)で、3年以下の拘禁刑又は10万ドル以下の罰金が科されます。④海外銀行口座(預金額1万ドル以上)の内国歳入庁への不申告には、5年以下の拘禁刑又は25万ドル以下の罰金が科されます。

 その後、リーバ教授は連邦地区裁判所に再審を申し立てていましたが、2022年9月に再審申立は却下され、2023年3月に刑が宣告される予定です。刑は最高で、26年間の拘禁刑、120万ドルの罰金刑となります。米国は併合罪による罰則の軽減がありませんので、①1罪、②1罪、③2罪、④2罪の刑を単純に加算するとこれだけの重罰となり得るのです。

 なお、捜査手法に関しては、FBIの裁判所に対する提出文書には、2011年以来のリーバ教授と武漢理工大学担当者と間のメールの遣取りが長期間且つ多量に記述されていることが注目されます。背景には通信傍受の広汎な実施が伺われます。

 また、経済安全保障に関しては、米政府は中国への科学技術流出対策のため、「中国イニシアチブ」と称して多くの大学研究者を対象に捜査を行い、数十人を起訴していましたが、リーバ教授は陪審評決で有罪になった第1号だそうです。多くの学者は司法取引を行って軽い刑に服しているそうです。

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