【2026年3月27日記:「外国代理人登録法」FARA違反と区別し易くするために、今後、合衆国法典18篇951条の罪を「外国政府代理人届出義務違反罪」と記載します。】
最近、スパイ防止の観点から、幾つもの政党が「外国代理人登録法」の制定を提案しています。 ところで、米国において外国代理人を規制する法律としては、実は、「外国代理人登録法」という行政規制法と「外国政府代理人届出義務違反罪」という刑法規定の二つがあります。両者は名称が似ているので、混同されることもあります。前者は、外国勢力による不当なロビー活動阻止の観点からは有効な法律ですが、米国で主として外国のスパイや協力者の検挙に利用されているのは、後者です。広義のスパイ対策という視点から見ると、両方の規制が必要なのです。本稿では、その両者について、説明します。
1 外国代理人登録法(合衆国法典22篇611~621条)
(1)立法趣旨
外国代理人登録法(FARA: Foreign Agents Registration Act of 1938)は、合衆国法典第22篇の外交・対外関係法の部分に置かれている行政規制法です。制定されたのは1938年で、外国の利益のために行うロビー活動や世論形成活動の「透明化」を目的とする行政法です。
外国代理人登録法が1938年に制定された背景には、ナチス・ドイツによる大規模な宣伝活動があります。1933年にナチス政権が成立すると、海外で大規模な宣伝活動を始めました。米国でも親ナチス団体が設立され活発な活動を始めましたが、その背景にはドイツからの資金、宣伝資料の提供や活動指示があるのではないかと疑われました。宣伝活動そのものは、憲法上の権利、表現の自由の観点から、禁止は困難であると考えられたため、宣伝活動の背後にある外国との関係を公開して透明化する法律が制定されたのです。
(2)規制内容
外国代理人登録法の当初の規制は、外国の代理人は、宣伝活動内容など一定事項を司法省に登録して開示するというものです。戦後、本法は改正され、規制対象は、米国の政治や世論に影響を与える活動に拡張されました。
登録義務があるのは、外国主体(foreign principal: 外国の政府、政党、団体、個人など)の代理人が、外国主体のために、政治活動、広報・宣伝活動、資金活動、米政府に対する働き掛けをする場合です(611条)。但し、次の対象者は登録が免除されています。即ち、外国政府の外交官や領事関係職員、外国政府の公認された職員や代表、これら者の公認されたスタッフや雇用者の他、商業活動だけに従事する者、学術・宗教・芸術活動家です(613条)。
外国主体の代理人は、一定事項を司法長官に登録しなければなりませんが、その登録内容は、個人特定情報、外国主体との関係、事業内容、契約内容、受領資金、活動内容など相当詳細に定められています(612条)。そしてこれらの登録情報は一般公開されます(616条)。また、代理人が配布する宣伝・広報資料は司法省に提出する必要がありますし(614条)、活動記録や資金帳簿を保存しなければなりません(615条)。こうすることによって、外国主体のための活動を透明化しているのです。
(3)罰則
本法は、618条で、不登録や虚偽登録、資料提出義務違反に対して、5年以下の拘禁刑又は所定の罰金刑(25万ドル以下)が科されます。
但し、本条違反が成立するためには、「故意に(willfully)」違反したことが必要で、これは本人が①登録義務の存在を知っていて、且つ②それを故意に無視したこと、つまり、違法であることを認識しながら違反をする必要があり、違反の立証は簡単ではありません。 そのため、歴史的には、本条違反での検挙事例は少なく、司法省は、違反者に対しては、警告を発し登録を促す運用をしてきました。
しかし、2016年の米大統領選挙では、ロシアがソーシャルメディアを使った影響力作戦など大規模な選挙干渉を行ったため、司法省も本条違反の適用に前向きになってきたといいます。外国代理人登録法が、外国政府のための違法なロビー活動や影響力作戦の取締りの道具として再評価されているのです。
本条違反の適用復活の契機となった事件は、2017年の共和党系ロビイストのポール・マナフォートの検挙です。彼は当時のウクライナ政権の依頼を受けてロビー活動をしていながら、その旨を登録せず、また巨額の報酬を隠匿していたのです。彼は、本条違反(不登録及び虚偽登録)やマネロンなどで起訴され有罪となりました。(註:2020年にはトランプ大統領によって恩赦されています)。
この後、本条違反での起訴事例は続いていますが、本条違反だけで有罪判決にまで至る例は少ないようです。やはり、「故意」の立証が難しいのです。 外国代理人登録法は、無秩序なロビー活動の規制には効果がありますが、やはり、秘密裡に活動する外国のスパイやその協力者の取締りには、次に述べる「外国政府代理人届出義務違反罪」という刑法の規定が有効であり、検挙件数も多数に及びます。
2 外国政府代理人届出義務違反罪(合衆国法典18篇951条)
(1)立法趣旨
本罪は、合衆国法典第18編第1部刑法の第45章外国関係の部分に置かれている刑罰規定です。制定されたのは1948年で、刑法が全面改正された際に新設されました。立法の背景は、冷戦初期におけるソ連などの共産国による秘密工作や諜報活動への対抗です。
先述の外国代理人登録法は、もともと公然たる宣伝工作やロビー活動の透明化を目的としたもので、ソ連などの共産国の政府や諜報機関による秘密裡の情報収集や政治工作は、規制の対象外でした。一方、スパイ対策としては、1917年制定のスパイ防止法(合衆国法典第18篇第1部第37章792~799条)があり刑罰も重いのですが、その中の典型的なスパイ罪(793条と794条)は立証要件が厳しく、適用が容易ではありません。即ち、国防情報であること、米国の利益を害し又は外国の利益を図る意図を有して、漏洩し或いは外国に通報するなどの行為の立証が必要でした。裁判では証拠開示による国防情報の漏洩も危惧されます。更に、国防情報とは関係ない諜報工作は処罰の対象外です。例えば、外国政府の指揮下にその意図に添った政策を提言したり(影響力工作)、或いは将来の米政府中枢に接近するため人脈を構築したり(スリーパー活動)などは処罰できません。そこで、スパイ防止法による処罰行為の前段階や周辺領域のスパイ行為を取り締まる罰則規定として、外国政府代理人届出義務違反罪が制定されたのです。そのため、「準スパイ罪」(quasi-espionage statute)や「防諜法」(counterintelligence statute)とも呼ばれています。
(2)構成要件
951条の構成要件を見ると、事前に司法長官に届出せずに、外国政府(foreign governmnet)の代理人として活動する者は、10年以下の拘禁刑或いは所定の罰金刑(個人25万ドル以下)を科すというものです。「外国政府の代理人」とは、米国内で外国政府或いは外国政府職員の指揮統制下で活動することに同意した者をいいます。但し、次の者は除かれています。外国政府の外交官や領事関係職員、外国政府の公認された職員や代表、これらの者の公認されたスタッフや被用者、適法な商業取引の従事者。
構成要件の主要点は、第1に、外国政府或いは外国政府職員の指揮統制下に活動していること、第2に、その旨を司法長官に届け出ていないことです。つまり、秘密裡に外国政府の指揮下で活動をすることで、極めて簡明な構成要件です。立証の要点は、外国政府の指揮統制下に活動していることであって、その活動が政治活動であろうと、情報収集であろうと、政策提言であろうと、学術活動であろうと、人脈構築であろうと、何でも良いのです。立証が容易である割には、刑罰も拘禁刑10年以下、罰金刑25万ドル以下と威嚇力があります。
なお、司法長官は、届出の手続規定などを定めることとされているが、不思議なことに、その手続規定は米国政府の規則集に見当たりません。本条の立法趣旨が専ら処罰規定であることを反映していると見られます。
(3)検挙事例
外国政府代理人届出義務違反罪は、立証が容易で、刑罰も重いので、最近のFBIによる外国工作員や協力者の摘発では、本罰条が活用されています。
有名な事例としては、2010年のロシアの在米イリーガル10人(多くはスリーパー)の一斉逮捕があります。アンナ・チャップマンら10人は、ロシアSVRの工作員であることを秘匿して米国社会に入り込み、米国社会の中枢に着々と接近していました。20年以上も米国で生活していた工作員もいれば、息子を名門大学に入学させて米国エリート社会への潜入を画策していた工作員もいました。発覚の端緒はロシアSVR内に米国が獲得した協力者からの情報ですが、FBIは通信傍受(居宅への傍受設備の設置を含む)などによって、10人が彼らのSVRの運営者から指揮命令を受けて活動していることを立証して、外国政府代理人届出義務違反罪で逮捕したのです(他に活動資金を秘密裡に受け取っていたことで、マネロン違反も適用されています)。なお、彼らは、逮捕12日後には、スパイ交換で全員ロシアに帰国しました。
また、本トピックス欄でも、次の検挙例を紹介しています。
〇 米「外国代理人届出義務違反」によるスパイ摘発(2023年1月26日)
〇 在米民主化運動団体に潜む中国スパイの摘発(2023年9月18日)
〇 在外華人の民主化運動に対する妨害阻止工作(2023年9月20)
「韓国国情院による対米影響力作戦」(警察政策学会資料137号2024年所収)の事例も、韓国系米国人を外国政府代理人届出義務違反罪で検挙した事例です。
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(4)調査手法・捜査手法
本罰則の立証の焦点は、外国政府による指揮統制関係ですので、従来の検挙事例からも分かるように、FBIは外国諜報監視法(FISA)の定める国家安全保障のための行政調査権限を活用しています。FISAによる行政調査は、一般の司法捜査と比べて外国諜報監視裁判所(FISC)による許可状の要件が低いからです。容疑者が外国政府の指揮統制下にあることを探知するには、容疑者の通信を傍受することが早道です。容疑者と、外国諜報機関の運営者との間の遣取りを傍受すれば、両者の指揮統制関係を把握することができます。容疑者がシグナルなどの通信秘匿アプリを使用している場合には、容疑者の端末をハッキングすることもあるようです。更には、自宅などの秘密捜索をして傍受機器を設置したりもします。そうして、運営者から「Aを調査せよ」とか、「B氏と接触せよ」とか、「Cという内容の論文を発表せよ」というような具体的な指示を受け、それに基づいて活動していれば、「指揮統制下にあること」が立証できるのです。
なおFBIは、行政調査によって収集した証拠を裁判所に提出することは殆どないようです。行政調査で収集した証拠は、一定の手続を経て裁判所に提出することも可能なのですが、FBIはこれを回避して、通常、司法捜査手続で収集した証拠のみを裁判所に提出します。これは、「並行的証拠構築」(parallel construction)と呼ばれており、行政調査で判明した同じ事情を、司法捜査の手続によって証拠を収集して立証するものです。つまり、司法捜査で収集した電子メール、SNSメッセージ、協力者の証言や押収文書、監視カメラの映像その他の提出によって代替するのです(なお、米国では、司法捜査でも端末のハッキングを含め幅広い通信傍受が認められています)。こうして、行政調査能力、特に行政通信傍受能力の詳細を秘匿し続けているのです。
我が国では、最近、スパイ防止対策の必要性が認識されて来ているようです。しかし、効果的なスパイ防止対策のためには、外国政府代理人届出義務違反罪や行政通信傍受権限が不可欠です。これらの必要性に国民の理解が得られるようになるのは、いつになるでしょうか。
(註:外国代理人登録法(FARA: Foreign Agents Registration Act of 1938、合衆国法典第22篇611―621条)の登録義務違反と混同の虞があるので、18篇951条違反は外国「政府」代理人「届出」義務違反と記載しています。18篇951条には登録(registration)ではなく、事前届出或いは事前通知(prior notification to the Attorney General)と記載されています。)