外交交渉や国際会議におけるシギント活動について、今回は,、英国の取組を見てみます。二つの実践例についてのスノーデン漏洩情報です。2009年ロンドンG20会合と2010年カンクン気候サミットの二つの国際会議における取組ですが、GCHQの漏洩資料は国際会議におけるシギント活動の実態やGCOという情報支援員の活動など興味深いものです。
1 2009年G20ロンドン会合での取組
2008年9月のレーマン・ショックを契機に世界的金融危機が発生しました。これに対処すべく、同年11月に第1回G20サミットが米国で開催され、続いて翌2009年4月にはロンドンで第2回G20サミットが開催されました。また、同年9月には同じくロンドンでG20の財務相・中央銀行総裁会議も開催されました。
このロンドンにおけるG20サミットとG20財務相・中銀総裁会議において、英国のシギント機関GCHQは各国代表団のコンピュータや携帯電話を監視して新しいシギント能力を開拓したと自己評価しています。この取組についてGCHQ内部資料と報道を基に見てみます。
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(1)取組方針
4月のサミットを控えた2009年1月のGCHQ内部資料によれば、ゴードン英首相(当時)は、サミット開催国として、世界的金融危機への対策で進展を図る決意であったそうです。そこで、GCHQとしては、英国に議長国として好ましい会議成果をもたらすため、有益なインテリジェンスを適時に且つ利用し易い形で提供することを、その方針としました。
この方針の特徴は、情報の適時性・速報性を重視していることです。当然のことながら、本方針は政府高官の了承を受けており、実際、インテリジェンスの成果は、関係大臣に適時に提供されました。
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(2)特徴的な取組
〇 インターネット・カフェの設置~ヒューミント機関SIS(秘密諜報サービス)等と協力して、各国代表団のためにインターネット・カフェを設置して、カフェで送受信されるEメールを傍受しました。加えて、利用者のオンラインでのログイン・パスワードなど必要データも収集して、会議後の情報収集に役立つデータを取得しました。
〇 携帯電話「ブラックベリー」スマートファンへの浸透~当時は「ブラックベリー」は暗号強度が高く傍受解読され難いと言われていたため、代表団員は「ブラックベリー」等のスマートフォンを利用する者が多かったのですが、これに浸透することによって、良い情報成果を得ることが出来ました。即ち、「ブラックベリー」による通信に関しては、ニア・リアルタイムで分析官にデータを提供し、これに基づいて、適時に関係大臣に情報成果を報告することが出来たと言います。加えて、将来の資料源開拓に役立つ20件のメールアドレス等の新規データを入手することが出来たのです。
〇 Eメール・アカウントへの侵入~具体的な手法は不明ですが、会議関係者のEメール・アカウントに侵入して、同人宛のメールを本人と同時、或は本人が読む前に入手することが出来ました。この手法は、最近の英国の国際会議では良く使用する手法だそうです。
〇 会議期間中の電話通話の24時間監視~2009年9月の財務相・中銀総裁会議では、各国代表の誰が誰と電話しているかについて、24時間リアルタイムで監視し、その成果をリアルタイムでグラフ化してGCHQの作戦センターの巨大スクリーンに表示すると共に、分析官45人にも提供。この情報はそのまま、英国代表団にも提供されましたが、各国代表の活動水準を示す指標として有益な情報であったとの評価を得ました。即ち、会議中或はその前後に、どの国の代表団員がどの国の代表団員と通話をしていたかを、英国代表団は知ることができたのです。
漏洩された内部資料では、GCHQにとって、今や事後的な分析情報の提供では不十分で、このようなリアルタイムでの徴候情報の提供が極めて重要であると評価しています。なお、4月のG20サミットでも、同様の情報要求がありましたが、その際は、このシステム開発が間に合わなかったようです。
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(3)個別国への取組
個別の国を対象とした取組で興味深いものは次の通りです。
〇 露メドヴェージェフ大統領の電話傍受~4月のサミットでは、ロシアのメドヴェージェフ大統領や随員が、モスクワと衛星通信による秘匿電話で遣取りをしているのを、NSAが傍受解読して情報化しました。これは英国北部のメンウィズヒルの米国NSA施設(主として衛星通信の傍受)にいるNSA分析官によるもので、GCHQはその情報報告を受領して、英国政府も活用したということです。
〇 南アのコンピュータへの浸透~南アフリカについては、同国外務省のネットワークに侵入して、G20会議の出席者に対する事前ブリーフィング資料を入手していました。
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2 2010年カンクン国連気候サミットでの取組
2009年デンマークでの気候サミットに対する米国NSAによる取組については既にトピックスで触れましたが、気候問題は2007年頃から国際政治における重要課題となり、英国GCHQもインテリジェンスの重要対象事項としてきました。
2010年11月末からメキシコ・カンクンで行われた気候サミットに関しては、GCHQ職員がインテリジェス支援で派遣されましたが、派遣GCHQ職員の帰国報告(パワーポイント)が漏洩されており、帰国報告はGCHQ派遣職員の任務内容が分かる興味深いものです。GCHQの取組を見てみましょう。
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(1)気候変動問題に対するGCHQの従来の取組
GCHQの内部資料によれば、気候変動問題は、2007年インドネシア・バリ島における第13回気候サミットで、インテリジェンスの重要優先対象となったといいます。その後、2009年12月のコペンハーゲン気候サミットが節目と意識され、これに向けて情報収集を強化しました。
報道によれば、2009年第2四半期には、英国のインターネットの光通信基幹回線から得たデータから情報報告書を6件作成し、また、UKUSA諸国からの情報や衛星通信傍受データからも報告書を作成したといいます。更に、2009年には、コンピュータ・ネットワーク開拓(CNE、所謂ハッキング)により積極的且つ攻勢的なデータ収集にも取り組み、環境サミットへの参加国代表が発言する前にその内容を把握する態勢の構築に取り組んできました。
こうして一定のデータ収集態勢が構築できると、次の課題は、それを適時適切な形で、情報を必要とする顧客、即ち、この場合はサミット代表に伝えることですが、英国内の会議とは異なり、外国での会議にどう対処するかが課題となりました。これに対するGCHQの回答が、GCHQ職員の国外サミット会場への派遣です。この派遣職員は、GCO(政府通信職員:Government Communications Officer)と呼ばれています。
気候変動問題でGCOが初めて派遣されたのは、2009年5月パリで開催されたエネルギー及び気候に関する主要経済国フォーラムでした。この時は初めてでもあり、課題が残されたといいます。次に派遣されたのが、2009年12月デンマーク・コペンハーゲンで開催された国連気候サミットです。サミット自体は拘束力あるCO2削減合意などの成果を生むことは出来ませんでしたが、インテリジェンス面ではGCO派遣は成功であり成果が上がったと評価されました。そこで、2010年11月末から12月初旬開催のメキシコ・カンクン国連気候サミットにも、派遣されたのです。
カンクン・サミットは、コペンハーゲン・サミットと比べて会議それ自体の重要性は低下していましたが、GCHQ内部資料では、GCO派遣の理由として、①顧客(サミット代表団)から派遣要請を受けたこと、②速報を要する関係情報入手の可能性が高かったこと、③2010年に成立したキャメロン保守党内閣にGCHQの能力を知らせる良い機会であったことが挙げられています。
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(2)2010年カンクン気候サミットでのGCOの任務
メキシコ・カンクンに派遣されたGCO(政府通信職員)の任務は、GCHQとサミット代表団のリエゾン、謂わばシギント利用のワンストップ・サービス窓口として機能し、代表団が他の参加国代表団の立場について正確に把握するためシギント支援をすることでした。そのためGCOは、GCHQの現地代表として本部からの最新情報を提供すると共に、現地情勢を踏まえた情報要求を本部に対して発出することが必要となります。
一般に、サミット代表団が必要な情報は、各国政府の交渉方針や絶対的な交渉拒否事項、或はどの国がどの国に同調しているかなど多様ですが、この多くはサミット開始以前に既に形成されており、当然、GCHQは事前にも収集し報告しています。
しかし、国際会議は始まれば状況は流動的となります。そこで、各国代表団が本国と連絡を取り新しい指示を受けているかどうか、受けているとすればその内容は何か、などが情報関心となり、この情報提供には、現地交渉代表団を現地で支援するシギント機関員が必要となるのです。
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(3)GCOの事前準備
GCOの派遣に当たっては、次の様々な準備をしたそうです。
〇 英国代表団の中に適切な肩書きを設定して入ること。
〇 ロジ対策(通信設備、作業部屋、通行証、各国代表団リスト等の準備)
〇 顧客(サミット代表団)との事前顔合せ
〇 情報要求の調整
〇 GCHQ本部での調整(他チームやSISとの調整、情報提供方式その他)
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(4)まとめ
GCO(政府通信職員)の制度は、シギント機関GCHQとシギント・ユーザーを繋ぐ有効なインターフェイスとされます。シギントの専門家が(他の関係者やオールソース・インテリジェンス担当者などを介在させずに)直接シギント・ユーザーの傍にいることによって、適時適切なシギント支援をすることができるのです。その実現のため、GCHQも色々工夫をしており、GCOという工夫が進んでいるのです。
【筆者註①:因みに、米国NSAでは、このようにシギント・ユーザーの傍らにあって適時適切なシギント支援をする組織は、CSG(Cryptologic Support Group)と呼ばれています。英国GCOと同様に、オールソース・インテリジェンス担当者など他者を介在させずに、シギント・ユーザーとの直接窓口となります。】
【筆者註②オールソース・インテリジェンスとシングルソース・インテリジェンスの関係:一部に存在する誤解に、インテリジェンス報告は常に、ヒューミント、シギント、イミント等のシングルソース・インテリジェンスを総合したオールソース・インテリジェンスであるべしとの考え方があります。勿論、インテリジェンス報告にはオールソース・インテリジェンスも多くありますが、他方、今回紹介した事例に見られるように、シギントと言うシングルソースからのインテリジェンスを、シングルソース・インテリジェンスとして顧客に迅速に提供する方法もあります。要するに、シングルソースで情報報告をするか、オールソースで情報報告をするかは、それぞれのインテリジェンスの特質を活かして判断するということなのです。】
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3 結びに
今回は二つの国際会議、2009年ロンドンG20会合と2010年カンクン気候サミットにおける英国シギント機関GCHQの取組を見ましたが、当然のことながら、GCHQはその他の国際会議や外交交渉でもシギント支援をしているのです。
政府首脳や交渉担当者はこういうシギント支援を受けられれば、とても楽でしょう。我が国政府首脳や外交交渉担当者は、このような事実を知れば、とても羨ましいのではないでしょうか。
なお、今回紹介した情報の適時性・速報性に関するGCHQの手法や、GCOによる情報支援の方法などは、UKUSA諸機関の間では情報共有されますので、NSAを含むUKUSA諸機関では既に実践されていると考えて間違いないでしょう。