イスラム過激派による旅客機自爆テロの脅威は終わらない!

~アル・シャバーブによる9.11型の旅客機自爆テロの阻止~

 2024年11月4日、米国の連邦地裁は、アル・カイダ傘下アル・シャバーブのチョロ・アブディ・アブドラーを航空機ハイジャックの共謀などの罪で有罪と宣告しました。アブドラ―は、9.11型の航空機自爆テロの準備をしていたのです。2001年の9.11テロ事件から20年以上が経過していますが、航空機自爆テロの脅威は消滅してはいないのです。 アブドラ―の起訴状や司法省の広報文及び報道を基に、アル・シャバーブによる対米テロ・キャンペーン、航空機ハイジャックの準備活動、これに対する米国政府の情報収集手段などについてみていきます。

1 アル・シャバーブとは?

 アル・シャバーブは、2000年代半ば、ソマリアの暴力的な過激イスラム諸集団の青年民兵組織として誕生しましたが、ソマリアにおけるイスラム法シャリーアの厳格な適用を目指す集団です。2006年末に隣国のエチオピア軍がソマリアを侵攻しましたが、この際にエチオピア軍に対する抵抗運動として勢力を拡大しました。その後は、ソマリア政府を転覆し、政府を支援するアフリカ連合平和維持軍を放逐しようとして、手製爆弾、ロケット砲、自動小銃などで武装して、ゲリラ戦や住民、ジャーナリスト、(アフリカ連合を支援する)米軍人の暗殺を実行してきました。

 このため、2008年2月に、米国国務省はアル・シャバーブを、移民国籍法にいう外国テロ組織、また大統領令13224号にいう特別指定国際テロリストと認定しています。これに対して、アル・シャバーブは2008年4月には、、米国を標的として攻撃することを宣言する声明を発出しています。

 2012年2月、アル・シャバーブは、指導者(当時)アフメド・アブディ・ゴダネが、アル・カイダ指導者(当時)アイマン・アル・ザワヒリに忠誠を誓って、アル・カイダ傘下組織となりました。アブ・シャバーブは、従来は、ソマリアにおける権力固めに力を入れてきたのですが、これ以降、世界規模におけるジハード(聖戦)にも踏み込んでいくのです。

2 アル・シャバーブによる対米テロ・キャンペーン

 2014年5月、米国政府は、大使館をテルアビブからエルサレムへの移転を発表しましたが、この大使館移転発表に対抗して、翌5月アル・シャバーブは、エルサレム解放のための「エルサレム旅団」を設置すると発表して、米国人を標的とした作戦を遂行し始めます。

  • 2019年1月15日、ケニアのナイロビの高級ホテル「ドゥシットD2ナイロビ」の屋外カフェで自爆テロを敢行。死者は米国人1人を含む約20人。死亡した米国人は9.11事件の生存者でした。
  • 2019年9月30日、ソマリア内のデイル・ドグル空港(米軍がドローン基地として使用)入口で自動車爆弾で自爆テロを敢行。米軍人1人負傷。
  • 2020年1月5日、アル・シャバーブの小部隊がケニア内のマンダ・ベイ空軍基地(米軍とケニア軍が共同使用)を襲撃。交戦で米国人3人が死亡。

3 アブドラーによるの旅客機自爆テロの準備

 アル・シャバーブはこのような対米攻撃を行う一方で、チョロ・アブディ・アブドラー(1990年生れのケニア人)を使って、9・11型の旅客機ハイジャックによる自爆テロの準備を始めます。起訴状によれば、アブドラーは、遅くとも2016年頃から、9.11事件の宣伝を含むアル・シャバーブとアル・カイダのプロパガンダを検索しては視聴して過激思想に傾斜していきました。そして、アブ・シャバーブに参加して、ソマリア国内で、数か月間、AK47自動小銃や爆発物取扱いの訓練を受けた後、同2016年頃、既述の「ドゥシットD2ナイロビ」に対する自爆攻撃の責任者でもあるアル・シャバーブ指揮官から指示を受けて、9.11型の航空機自爆テロの準備を開始します。準備行動とは、パイロット訓練と調査活動です。

 パイロット訓練では、2016年12月頃フィリピンのパイロット学校への入学手続を行い、2017年からパイロットの訓練を受けて、2019年には、パイロット免許に必要な試験を受け学校の過程を終了しました。次に調査活動では、パイロット訓練と並行して、アブドラ―は、旅客機を乗っ取って攻撃する方法の調査を行っています。調査活動で外形的に明らかな行為としては、起訴状には次の4つが記載されています。

  • 2018年10月6日に9.11テロ事件に関するジハード主義の宣伝などを編集したウェブサイトを閲覧。
  • 2018年12月頃、旅客機のセキュリティ措置、旅客機の操縦室への侵入の仕方などをインターネットで調査。
  • 2019年1月頃、米国の某主要都市の最高層のビルをインターネットで調査。【註:旅客機ハイジャックによる自爆テロの標的調査です。起訴状に都市名は記載されていませんが、米国で最高層のビルは、9.11テロで破壊されたワールド・トレード・センター跡地に建設されたワン・ワールド・トレード・センター(541m)です。アブドラーの捜査にはニューヨーク市警察も関与していることから判断して、この可能性が高いでしょう。】
  • 2019年1月又は2月頃、航空機のハイジャックと米国査証の入手方法について、インターネットで調査。

4 アブドラ―の身柄拘束と米国における起訴

 このようにアブドラ―が旅客機をハイジャックしての9.11型のテロの準備活動をしていた最中、2019年7月にフィリピン当局が、フィリピン国内法違反を理由にアブドラ―の身柄を拘束しました。その後、2020年に米国司法省はアブドラ―を航空機ハイジャックの共謀など6罪で起訴し、同年12月にフィリピンから米国に移送しました。そしてニューヨーク州南部地区の連邦地方裁判所は陪審裁判の結果、2024年11月4日に6つの罪全てについて有罪評決を受けました。2025年3月に科刑宣告の予定です。

5 FBIによる情報収集手法(推定)

 ところで、アブドラ―による犯罪行為が実行されたのは、全て米国国外です。FBIはどのようにして、この犯罪行為を探知したのでしょうか。アル・シャバーブやアル・カイダなどイスラム宗教過激集団の中枢部に、協力者を獲得したり潜入したりするのは極めて困難であり、ヒューミントによる探知とは考えらません。従って、シギント活動による探知であると考えられます。

 起訴状には、既述のように、アブドラーは、遅くとも2016年頃から、アル・シャバーブとアル・カイダのプロパガンダを検索して視聴していたとあるので、関連ウェブサイトや関連ファイルに頻繁にアクセスしていたことが分かります。また、2018年10月6日に9.11テロ事件に関するジハード主義の宣伝などを編集したウェブサイトを閲覧したとあります。 実はこのようなインターネット空間における活動を、米国のシギント機関NSAは探知する能力があるのです。例えば、エックスキースコアというシステムは、NSA版「グーグル」とも呼ばれ、不特定者がインターネット空間において行う様々な行動を捕捉し分析することよって、テロ容疑者の発見に貢献しています。例えば、次の様な手法があります(註)。

  •  特定の過激なウェブサイトを頻繁に閲覧する者を検出抽出する。
  •  特定の単語によってウェブ検索をする者を検出抽出する。
  •  グーグルマップやグーグルアースの検索状況から、テロ準備の為の調査活動を行っている可能性のある者を検出抽出する。
  •  インターネット空間に流通するテロを使嗾する文書の作成者と作成場所を特定する。
  •  特定の地域(例えばソマリアの特定地域)と頻繁に暗号通信をする者、特定の地域からその地域では珍しい特定言語でメール通信をしている者を検出抽出する。

 このような探知能力によって、NSAは、早ければ2016年遅くても2018年10月には、アブドラーをアル・シャバーブの構成員として把握し、その後、彼のインターネット空間での活動を継続的に監視していたと思われます。そして、具体的に米国内におけるテロを企図していることが判明した段階で、FBIによる捜査活動に移行したと推定されます。その後、容疑が高まってきたため先ずフィリピン当局に依頼して、身柄拘束に至ったものと推定できます。 アブドラーの検挙は、テロ対策におけるシギント活動の重要性が明らかな事例です。

6 有罪6罪の罰則

 アブドラーは、航空機ハイジャック・テロの準備行為に関して起訴された6罪全てについて、有罪評決を受けましたが、6罪とは次の6つです。

  • 外国テロ組織に対する物質的支援その他資源の提供の共謀罪(20年以下の拘禁刑)。【註:外国テロ組織とはアル・シャバーブのことです。】
  • 外国テロ組織に対する物質的支援その他資源の提供(20年以下の拘禁刑)
  • 米国国民殺害の共謀(終身刑以下の拘禁刑)
  • 航空機ハイジャックの共謀(20年以上、終身刑以下の拘禁刑)
  • 航空機破壊の共謀(20年以下の拘禁刑)
  •  国際テロの共謀(終身刑以下の拘禁刑)
  • 全財産の没収(合衆国法典第18篇981条、2332条、第28篇2461条)

 この有罪評決を見ると、テロ対策において重要な幾つかの特徴が見られます。 先ず第1に、刑罰の重さです。科刑宣告は2025年に予定されていますが、科刑の幅は、最低20年以上から終身刑までです。有期刑となっても相当長期の刑期が予想されます。アブドラ―は刑務所で一生を終えるか、生きて出所できたとしても相当老齢になる可能性が高いでしょう。テロに対する威嚇力という意味では、刑の重さは重要です。

 次に、テロ対策における共謀罪の有効性です。有罪となった6罪中、実に5罪は共謀罪です。共謀罪で有罪となった諸々の行為が、そもそも我が国の刑罰法令においてどこまで違法と言えるのか、相当な疑問です。それが、米国の法体系では重罰を科し得る犯罪とされているのです。

 最後に、本事件におけるアブドラーの行為は全て米国外で行われたテロの準備行為ですが、その国外での準備行為を探知して、行為者を米国に移送して重罰を科すことができる。これが、米国のテロ対策であり刑事司法なのです。我が国とはだいぶ様相が異なりますね。

(註)茂田忠良『テロ対策に見る我が国の課題』(警察政策学会資料第113号、2020年)、34-36頁参照。本論考は、警察政策学会のウェブサイトで視聴できます。

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