鼎談本『官民軍インテリジェンス』の重大誤解

           ~山上信吾、外薗健一朗、丸谷元人3氏の鼎談~

 インテリジェンス専門家を自認する元外交官、元自衛官、民間人の鼎談本であり、興味深いエピソードも満載で示唆に富む本です。しかし残念ながら、インテリジェンスについての重大且つ基本的な誤解が散見されます。インテリジェンスについての誤解が拡散すると困りますので、誤解を指摘しておきます。

1 National Intelligence とMilitary Intelligenceの違い(外薗氏発言)

 外薗氏は、インテリジェンス組織の分類について、「国家情報組織」と「軍事情報組織」に区分し、米国のNSA(国家安全保障庁、シギント機関)やNGA(国家地理空間諜報庁、ジオイント機関)を後者に分類しています(137~138頁)が、これは、重大且つ基本的な誤りです。組織(帰属)論と機能論を混同しているのです。

 即ち、外薗氏は、インテリジェンス組織を「国家情報組織」と「軍事情報組織」に分類します。そして「国家情報組織」を「国家安全保障や外交政策のために政治・経済・軍事などの幅広い情報を収集・分析し、政府の意思決定を支援する組織」と定義して、CIA、MI6などのシビリアンの組織を例示しています。また「軍事情報組織」を「軍事作戦のために敵勢力の動向や戦場環境を分析し、防衛戦略を支援する組織」と定義して、DIA、NSA、NGAなど国防総省の組織を例示しています。その上で、防衛省・自衛隊のインテリジェンスは、これからも軍事情報に特化していく方が良いと主張しています。残念ながら、外園氏はnational intelligenceを誤解しています。

 先ず組織面では、インテリジェンスはその帰属によって、通常military intelligence とcivilian intelligence、つまり、軍事組織とシビリアン組織に区分します。組織が国防総省など軍の組織の一部として構築されていれば「軍事組織」であり、国防総省外のシビリアン組織として構築されいれば「シビリアン組織」です。NSA、NGA、 DIA(国防諜報庁)などは、国防総省に設置されているので「軍事組織」であり、CIA、MI6などは「シビリアン組織」です。この分類法では、特定の組織はどちらか一つに分類されます。

 これに対して機能面では、national intelligenceとmilitary intelligenceに区分します。national intelligenceとは、主に政府の意思決定を支援するものであり、military intelligenceとは主に軍司令官や作戦を支援するものです。いわば想定する主たるインテリジェンス・カスタマーの違いです。そしてnational intelligenceの提供を任務とするものは、組織の帰属組織とは関係なく、national intelligenceです。即ち、CIA、MI6などの「シビリアン組織」は当然として、国防総省に属するNSAもNGAもNROもDIAも、national intelligenceを主要任務としているのです。特に、NSA(National Security Agency)やNGA(National Geospatial-Intelligence Agency)の「N」はこれらの組織が当初からnational intelligenceを主任務として発足したことを示しています。なおNSA、NGAやDIAは、同時に軍司令官の作戦支援などmilitary intelligence任務も負っています。つまり、「軍事組織」ではあるものの、national intelligenceとmilitary intelligenceと両方の任務機能を有しているのです。任務機能面では、national intelligenceとmilitary intelligenceは排他的ではありません。実際、同一の情報でも、national intelligenceとmilitary intelligenceの両面での価値を持つ情報もあるのです。

 なお、米軍の各軍参謀部の情報部(Army G-2、ONI (Navy) 、Air Force A-2、Marine Corps Intelligence)は、「軍事組織」であり、且つ、その任務は専ら司令官や作戦を支援するmilitary intelligenceです。

 この分類は、些細なように見えて、実は、インテリジェンスの機能と管理統制の本質に係わる重要な点です。元防衛省情報本部長が、防衛省情報本部の任務は軍事情報であって国家情報ではないと理解し、且つ、(国家情報ではなく)軍事情報に特化していくことが望ましいとする姿勢では、情報本部から内閣(官邸、内閣情報調査室、国家安全保障局等)への情報提供にも不安が生じるでしょう。

2 英国や豪州の対外情報機関は、外務省の管轄下か(上山氏発言)

 山上氏は、英国や豪州の対外情報機関は、実質的には独立して運営されているが、形式的には外交当局の管轄下にあると強調しています(261頁)。そして、「海外の事情を踏まえると、日本でも同じように、対外情報機関を外務省の下に置き、実態としては独立させて運営していく形も、選択肢の一つ」(262頁)と主張します。この文章を素直に読むと、英国や豪州の対外ヒューミント機関(英国SIS、豪州ASIS)は、独立性は強いものの、当該国の外務省の附置機関と理解するのではないでしょうか。

 しかし、この理解は誤りです。英国SISや豪州ASISは、形式的にも外務省の管轄下にはありません。当然のことながら、外務省の附置機関でもなく、対外ヒューミント業務が形式的にも外務省の所管である訳でもありません。即ち、英国SISも豪州ASISも共に、法律(英国Intelligence Services Act 1994)、豪州Intelligence Services Act 2001)で規定された独立のインテリジェンス機関です。それぞれ、独立の予算、人事(採用を含む)、指揮命令系統を有し、実質的にも形式的にも外務省とは別の独立機関です。他方、英国SISも豪州ASISも共に、それぞれの外務大臣の形式的且つ実質的な管轄下にあります(法律上は所管大臣⦅英国 the Secretary of State, 豪州 the responsible Minister⦆が外務大臣とは明示されていませんが、実務上そのように運用されてきました)。つまり、外務省の管轄下にはないが、所管大臣たる外務大臣の管轄下に置くことによって政治的責任を明確にしているのです。英国SISも豪州ASISも、外務大臣の直接指揮下にある独立機関なのです。

 他方、英国SISや豪州ASISなど対外ヒューミント機関は、在外公館を拠点として外交官のカバーで活動するなど、在外公館の支援を必要としているので、外務省がその活動に一定の影響力を有することは当然ですが、これは英国SISや豪州ASISが外務省の管轄下にあることを意味しません。そもそも、政策官庁である外務省が、対外ヒューミント機関を監督下に置くことは、政策とインテリジェンスの分離の原則に反することです。

3 その他の外薗氏の誤解

 外薗氏は、幾つか基本的な誤解をしているので指摘しておきます。

(1)調別の情報は、防衛庁よりも先に警察庁に報告されていたのか。

 外薗氏は、情報本部電波部の前身である調査別室について、「調別は、実質的には内閣情報調査室の下部機関として運用されていたので、収集した情報は防衛庁よりも先に警察庁に報告されていました。」と述べている(132頁)。これは完全な誤りです。私は最後の調査別室長なので断言できますが、調査別室の情報報告は厳密に管理されており、情報配布先は内閣情報調査室と防衛庁内局、各幕僚監部に限定されていました。また、内調における電波情報の取扱い部署は、軍事班(自衛官現職又はOB)で、厳重に管理されていました。外薗氏の発言は、根拠のない邪推に過ぎません。

(2)内閣衛星情報センターの設立目的

 外薗氏は、「内閣衛星情報センターの設立当初の目的は、安全保障のための偵察衛星を運用することではなく、日本政府全体として幅広い衛星情報を収集することにありました。特に、気象情報や気温データなど、防災や環境監視の観点から活用できる情報を提供することが重視されていたのです」と述べています(134頁)が、この記述は完全に間違っています。1998年の北朝鮮によるテポドン・ミサイルの発射が契機となって、内閣衛星情報センターが発足したのは公知のこと(同センターの採用案内にも記載されています)であり、主たる設立目的が国家安全保障にあることは明白です。安全保障の専門家である外園氏がなぜこのような誤った発言をされるのか、理解に苦しむところです。

(3)ファイブアイズの成立時期

 外薗氏は、1946年英米間でUKUSA協定が結ばれ、それをベースに1948年までに、カナダ、豪州、ニュージーランド(以下、NZ)が参加して5ヵ国体制が成立したと述べていますが(295頁)が、これは不正確です。米英政府の秘密開示資料によれば、英米の戦後の協力関係の基礎は1946年締結のUKUSA協定ですが、カナダの参加は1949年、豪州は1953年です。豪州のシギント機関にはNZ政府職員も派遣され、NZのためにも運営されていたので、NZも1953年から参加したものと扱われています。但し、NZは、1977年に同国独自のシギント機関を設立し、同機関は1980年にUKUSAの直接当事者となりました。なお、正確に言えば、1946年に締結された協定の名称は、当初BRUSA協定と記載されていましたが、1954年に英国の要請によってUKUSA協定と改称されました。(参照「UKUSAシギント同盟」とは?

(4)UKUSAに参加するには対外ヒューミント機関が必要か

 外薗氏は、ファイブアイズの運用は、シギント機関だけでなくインテリジェンス全体を網羅する形で運用されているので、ファイブアイズに加わるためには対外ヒューミント機関が必要であると主張しています(297頁)が、完全な誤りです。そもそもUKUSA協定はあくまでシギント協力であって、ヒューミント面での協力は射程外です。実際、現在のUKUSA参加国でも、NZには対外ヒューミント機関は存在しません。また、カナダのCSISは、限定的な対外ヒューミント任務を与えられていますが、基本的に国内活動を主とするセキュリティ・サービスであって、一般的な対外ヒューミント機関ではありません。UKUSAに参加できるかどうかは、シギント面での深いGive & Take関係が成り立つか否かであり、我が国のシギント能力の抜本的強化と貢献可能性の増大が最低条件です。  しかし、UKUSAへの参加は容易なことではありません。確かに近年、英米の政治家の一部が、日本のファイブアイズへの参加の可能性ついて言及していますが、これらは単なる政治家のリップサービスと捉えるべきでしょう。

4 内閣情報官と情報本部電波部長は、警察の「植民地」「出島」か?

 山上氏は、本書の各所で、従来、内閣情報官や情報本部電波部長に警察庁出身者が就いていることを、警察の「出島」や「植民地」と呼んで批判している(67頁、133頁、162頁など)が、この批判は適切でしょうか。

(1)内閣情報官

 先ず「内閣情報官」についてです。現在の内閣情報官である原氏は、警察の警備部門、即ち、セキュリティ・サービスというインテリジェンス分野のベテランです。セキュリティ・サービスとは、スパイやテロなど国家の安全保障に対する脅威と戦うことを任務とする業務で、警備警察は(通信傍受などの必要な行政調査権限はないものの)戦後この任務を担ってきました。原氏は、内閣情報官就任以前に、警察庁や警視庁、県警の各部署でこのセキュリティ・サービス業務に長期間従事してきました。また、内閣情報調査室国際部3年間、防衛省情報本部電波部長3年間の勤務経験、在ロシア大使館と在米大使館で各3年間合計6年間の勤務経験があります。更には総理大臣秘書官の経験もあり、総理大臣の情報需要も把握しています。警察に内閣情報官の任務に適した人材がいるので、警察出身者が歴代内閣情報官に就いていると理解すべきでしょう。

 内閣情報官に必要なのはインテリジェンス業務の経験です。警察出身者がアプリオリに不適任という訳ではなく、また、外務省や防衛省出身者がアプリオリに適任と言う訳でもありません。要は、インテリジェンスの経験です。 他国のインテリジェンス機関のトップに劣らない、具体的な業務経験です。 既述したように、山上、外薗両氏は、インテリジェンスの重要且つ基本的な事項について誤解をしています。それは、インテリジェンス専門家を自認する両氏ですらインテリジェンス分野の勤務経験が短期間しかないためでしょう。山上氏が国際情報統括官1年、外薗氏が空幕調査課長1年、情報本部長10か月、(ベルギー駐在防衛官3年)に過ぎないのです。両氏にしてこうなのですから、他の外務・防衛OBのインテリジェンスの経験不足については言うまでもないでしょう。このような現状で、いたずらに「出島」「植民地」批判を繰り返すのは、インテリジェンスに対する無理解、或いはこれこそ外務省のセクショナリズムではないでしょうか。

 私は、将来も内閣情報官に警察出身者が継続して就くべきであるなどと主張しているのではありません。適任者がいれば、外務OBでも防衛OBでも良いのです。しかし、外務防衛の両省は、内閣情報官を警察の「出島」などと批判する前に、先ず、十分なインテリジェンスの勤務経験を有する真のインテリジェンス専門家を育成するべきでしょう。  因みに、元内閣情報官の三谷秀史氏は、内閣情報官に必要な経歴として次の3つ、即ち、①インテリジェンスの現場での相当期間の実務経験、②出身機関以外の2つ以上の機関でのインテリジェンス勤務経験、③2ヵ所以上の海外経験を挙げています。外務省や防衛省はこれに近い人材を育てているでしょうか。 

(2)情報本部電波部長

 次に「情報本部電波部長」ですが、源流の陸上幕僚監部二部別室や調査別室の来歴は別として、現在このポストに警察出身者が就いている最大の理由は、内閣情報調査室への貴重な電波情報の流れを中立的かつ確実にすることです。私は、調査別室から情報本部電波部門への移行期に、別室長と電波部長として合わせて4年間勤務しましたが、情報本部に移行して間もなく、防衛庁内局の部員から電波部の担当者に対して、或る重要な電波情報について内調への配布を保留して欲しいと指示がありました。実は、これこそが情報本部移行に当たって内閣情報調査室が最も危惧したことでした。危惧が杞憂ではなく現実化したのです。内閣参事官の併任発令を受けていた私は、報告を受けて、保留指示に強く再考を促して拒否しましたが、電波部長に防衛省の生抜き職員が就いていたらどうだったでしょうか。内局の部員に悪気はなかったと思いますが、政策官庁は情報の政策的意味を考えて、どうしても情報の流れをコントロールしようとする誘惑にかられるものなのです。米国のインテリジェンス研究者であるMark M. Lowenthalは、 政策決定者や政策部門による情報部門への圧力を“インテリジェンスの政治化”として強く批判しています。現在、電波部長に警察出身者が就く最大の意義は、(警察庁ではなく)内閣情報調査室への電波情報の提供を中立的かつ確実にすることなのです。従って、内閣情報調査室プロパーに適任者が育てば、警察出身者ではない、内閣情報調査室プロパーが情報本部電波部長に就いても差し支えないのです。

 以上、三者鼎談本に見られる山上氏と外薗氏の誤解を指摘しました。インテリジェンスについての正確な理解が広まることを祈っています。                           (以上)

(註:一部の読者の御指摘を受け、微修正を施しました。趣旨は全く変わりません。2月1日記)  

(2月19日追記)その後、内調の勤務経験がある警察庁OB数人と意見交換をしましたが、内調・国家情報局の人事について参考となる意見の要旨を紹介します。

A氏(元内閣情報官):内閣情報官や国家情報局長の大きな仕事は、首相をインテリジェンス面で支えることにあるので、首相との関係が重要である。従って、その人選には、出身官庁が何れにしろ、首相の意向が反映されることで差し支えないと思う。

B氏:内調や国家情報局は、我が国のインテリジェンス・コミュニティを束ねていく重要な任務があるので、国家情報局のプロパー職員を育成していくことが肝要である。自分が内調で勤務した際には、一般職の採用を増やしたが、総合職(キャリア)採用は人事上の障碍があって実現できなかった。しかし、我が国のインテリジェンス・コミュニティ発展のためには、国家情報局で総合職を採用し、インテリジェンス関係省庁への出向勤務もキャリア・パスに入れて、インテリジェンス・コミュニティを統合する中核集団を構築することが必要だと思う。(この具体策については、3月発売の月刊Hanadaに寄稿しています。)

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