ロイヤル・コンシェルジェ

 「ロイヤル・コンシェルジェ」という外国政府高官を標的とした英国シギント機関GCHQ(政府通信本部)のユニークなプログラムを紹介します。本プログラムは、外国政府高官の世界のホテル予約状況を探知して通報するプログラムです。外国政府高官のホテル予約状況を把握して、通信傍受などの作戦に役立てるのです。2013年のスノーデン漏洩資料に基づいてみてみます。

1 概要

 本プログラムは、政府高官が外国出張で宿泊しそうな世界の約350の高級ホテルについて、その予約用メールアドレスと諸外国政府の特定のEメール・ドメイン間の通信を監視して、外国政府高官のホテル予約状況をいち早く把握するものです。外国政府高官の宿泊予約が入ると、ホテルから当該高官のロジを担当する外国政府省庁に予約確認メールが送信されますが、これを傍受するのです。漏洩資料には、外国政府省庁のドメイン名としては、国防省「@mod.gov. ××」が例示されているので、監視対象となっているメール・ドメインは外務省に限らず、国防省その他の省庁も含まれます。つまり、対象となっている政府高官とは、首相、外務相、国防相その他の閣僚や政府高官と見られます。これら政府高官がどの国のどのホテルに何日から何日まで宿泊するかという予定一覧を把握する訳です。

 この宿泊予定情報は、GCHQのそれぞれの担当官に速報され、通報を受けた担当官は自分が標的とする外国高官の宿泊情報を基に、次の情報収集作戦を考えることができるのです。 本作戦は、2010年に試験実施をしたところ、成果が上がったため本実施に移行したようです。

 なお、予約確認メールの傍受は、英国シギント機関であるGCHQ単独で行うのではなく、米英加豪NZのUKUSAシギント同盟が世界中に張り巡らせた通信傍受プラットフォーム、特にエックスキースコア(X-Keyscore)というシステムによって可能となっているようです。

2 具体的な情報収集作戦

 スノーデン漏洩資料には、宿泊情報を基にしてどのような情報収集作戦を行うかについて、詳しい説明はなく、幾つかのキーワードが記載されているだけですが、それらのキーワードから、具体的な作戦が推定できます。

(1)ホテルが「シギント・フレンドリー」な場合

 漏洩資料には、宿泊ホテルがシギント・フレンドリーかという設問があります。これは、ホテルがシギント・フレンドリーな場合には、ホテルの電話やファックス、そしてインターネット回線を傍受することができるという趣旨です。つまり、GCHQは一部の外国の高級ホテルと協力関係を持っているということです。 これは、英国インテリジェンスが直接協力関係を持っている場合もあれば、現地政府当局を介して協力が得られる場合もあるでしょう。そもそも、日本を除く世界の多くの国では、政府迎賓施設は当然として、民間の高級ホテルにも通信傍受用の各種機器を標準装備させていることが間々あると見られるので、このような場合は、ホテルの協力さえ得られれば、作戦は容易となります。

 なお、漏洩資料には、ホテル所在地の例示としてチューリッヒとシンガポールの都市名が記載されていました。私は、チューリッヒとシンガポールは主要な工作対象地の代表であり、シギント・フレンドリーなホテルが多いことを示唆していると推定しています。更に深読みをすれば、現地当局とイギリスのインテリジェンス機関の間に「フレンドリー」な関係が存在している可能性が高いでしょう。

(2)物理的侵入(close access)

 選択肢としては、「技術的攻撃(Technical Attack)」という記述もあります。これは、ホテルの協力を得られない場合、或はホテルに既設の通信傍受設備がない場合ですが、情報価値の高い標的に対しては、専門技術チームを派遣して通信傍受機器を設置するなどの工作を行うことと推定できます。 スノーデン漏洩資料によれば、GCHQが通常アクセスを有しない通信を傍受する場合には、対外ヒューミント機関であるSIS(秘密諜報サービス)の協力を得てGCHQが技術職員を派遣して傍受装置を設置するなどしている旨記載されています。

(3)借上げ車工作

 漏洩資料には「借上車」とだけ記載がありますが、常識的に考えると借上車に対する会話の傍受機器の設置が考えられます。往々にして政府高官は、借上車で移動中に重要事項について重要なことを話すものです。これをマイクなどで傍受する訳です。 政府高官に相応しいハイヤー会社は、大体その国のメジャーな会社です。そういう会社と「フレンドリー」な関係が築けていれば、ハイヤーの中にマイクを仕掛けることも可能となります。そこを狙っていると考えられます。

(4)ヒューミント発動

 あるいは、ヒューミントを発動するという選択肢もあります。宿泊先のホテルが分っているので、標的とする人物がバーのラウンジで飲んでいる時などを狙って接触するなど、シギントとヒューミントを効果的に組み合わせることができるわけです。シギント機関GCHQの職員はヒューミント担当ではないので、ヒューミントの方は対外ヒューミント機関であるSIS(秘密諜報サービス)と連携すると考えられます。

(5)その他

 その他、「ホテルの選択に影響力を行使できるか」という設問もあります。これはつまり、宿泊予定のホテルが「フレンドリー」でない場合、宿泊先を協力的なホテルに変更させる作戦が考えられます。常識的な範囲で推測すると、例えば、ホテルの予約確認メールは誤りであった、予約がキャンセルになった等の偽メールを送って「フレンドリー」なホテルに誘導するという手法が考えられます。  また、「訪問そのものを中止させられないか」という設問もあります。要するに、標的がどこかの国を訪問すること自体が英国とって都合が悪いと判断した場合には、訪問を中止に追い込む作戦も考えるということです。

 まあ、実に英国という国は、諸々の手立てを考えるものです。本プログラム名が「ロイヤル・コンシェルジェ」で、直訳すると「国王陛下のコンシェルジェ・サービス」ですが、いかにも英国らしい皮肉な名称です。

3 付随的な話

(1)国の迎賓施設での会話傍受

 現在又は元の共産主義国家では、外国の賓客が宿泊する迎賓施設にマイクなどの傍受機器を設置するのは常識と考えられます。ところが、そういう国の警護担当者は傍受機器の設置が常識であるために、困ったことが起こります。  かなり前の話ですが、某国の首脳が我が国の迎賓館に宿泊すると、部屋の壁をボロボロにされるので困るという話を聞いたことがあります。その国の先着警護担当は当然マイクが仕掛けられているのに違いないと考え、確認のため壁を調査するのですが、我が国では迎賓館にマイクなど設置していませんから、当然のことながら見つかりません。ところがその国の常識ではマイクが仕掛けられていないことは有り得ないので、ない筈はないと必死に探すわけです。その結果、壁がボロボロにされてしまうといいます。これくらい、彼我の常識が違うのです。

(2)英国内における外国高官に対する傍受工作

 「ロイヤル・コンシェルジェ」というプログラムで判明したことは、英国インテリジェンスは、世界中を対象にして政府高官の外国訪問の情報を探索し、探知した場合には、英国外に於いてさえ、通信傍受等の作戦を実施しようとしている事実です。 それでは、英国インテリジェンスは、英国内では外国政府高官の通信傍受をしていないのでしょうか。そんなことはありません。外国でさえ通信傍受をしている以上、外国よりも遥かに作業条件の良い英国内で実施しない筈がないのです。英国インテリジェンスは、英国内のホテルや宿泊施設に於いて通信傍受をしているに違いないということです。また、借上車での傍受もしているでしょう。そして、この点において、英国が特別な人権軽視、或は非礼な国家なのではなく、近代民主政治の祖国と言われる英国でさえ行われているということは、寧ろこれが世界標準、世界の常識であると理解すべきなのです。外国を訪問する我が国の政府高官には心して頂きたいものです。

(3)東京サミットでの英国首相の行動の背景

 外国政府要人に対する通信傍受や会話傍受に関連して、興味深い事例を紹介します。相当、前の話ですが、東京でサミットが開催された時の話です。サミットでは通常、各国首脳の日程行事と移動予定は全て事前に決められていて、本番でもほぼその通りに動きます。しかし、その中で車列移動の予定を頻繁に変更する国が1ヵ国ありました。それがイギリスです。では、イギリスの首相は移動予定を変えてどこに行くのかというと、イギリス大使館に行くのです。  この事実から推定できることは、イギリスの首相は、機微な話は、車の中では話さないし、ホテルでも話さない。本国との連絡を含め、安心して機微な話ができるのは、自分たちの「城」であるイギリス大使館の中のセキュア・ルーム(通信傍受が出来ないように設備した部屋)であると首相自身が良く理解している。体感的に理解しているということです。 なぜ、体感的に理解しているかといえば、自国では外国要人の通信や会話を傍受していて、その実務を首相が良く理解しているということです。更に推定すると、イギリスの首相は日常「生」に近い傍受記録を読んでいるために、自分の通信や会話を傍受される危険性に敏感であるのではないかということです。これが、インテリジェンスの世界です。

(以上)

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