1 事件の概要、国賠控訴審判決、警視庁検証報告書の骨子
「大川原化工機株式会社」(横浜市)は、乾燥噴霧器(スプレー・ドライヤー)を2016年と2018年にそれぞれ中国と韓国に輸出しました。本件輸出について、警視庁公安部は、生物兵器製造に転用可能な装置を無許可で輸出した外為法違反事件(即ち、大量破壊兵器等に関する不正輸出事件)として、2020年3月以降に社長ら3人を逮捕し、東京地検が起訴しました。しかし2021年7月に至って、東京地検は本件輸出品が規制対象に当たるか疑義が生じたとして、起訴を取り消したのです。
大川原化工機や関係者は、2021年9月に、警視庁公安部や東京地検による逮捕、取調、勾留請求、及び起訴に至る一連の行為は違法であったとして、国や都を相手に国家賠償を求めて提訴しました。これに対して東京高裁は2025年5月に、第1審判決に引き続き、国や都による各種の違法行為を認定して、総額1億6600万円の損害賠償を命じました。これを受けて警視庁は、検証チームを設置して、警察捜査の問題点と再発防止策をとりまとめ、2025年8月に検証報告書を公表しました。
控訴審判決や警視庁の検証報告書は、警視庁公安部による捜査には概要次のような問題があったとしています。
(1)社長O氏、営業担当取締役S氏、技術顧問A氏逮捕の違法性: 本事案の焦点は、大川原化工機が中国や韓国に無許可で輸出した噴霧乾燥機が輸出規制対象の要件に該当するか否かであったが、本控訴審判決は、警視庁公安部は、輸出規制対象の要件について合理性を欠く法令解釈(公安部解釈)に基づき捜査を行い、且つ、公安部解釈に則っても必要な「噴霧乾燥器」内の最低温箇所について捜査を尽くさずに、O氏、S氏、A氏3名を逮捕したと認定して、「犯罪の嫌疑の成立に係る判断に基本的な問題があった」違法な逮捕である。
(2)営業担当取締役S氏に対する違法な取調と弁録作成: 本事案で外為法違反が成立するためには、当該乾燥噴霧器が輸出規制対象であることを知りながら無許可で輸出したことを立証する必要があり、公安部の取調官A警部補は、S営業担当取締役から、その事情を認識し容認していた旨の供述を引き出そうとして違法な「偽計的」な取調べを行った。
(3)公安部の捜査指揮系統の機能不全: 上述の違法な捜査が行われた原因について、警視庁の検証報告書は、一言で言えば、警視庁公安部の捜査指揮系統が機能不全に陥っていた旨を指摘して、一連の改善策を打ち出している。
東京高裁の判決や警視庁の検証報告書を読むと、警視庁公安部による捜査は極めて杜撰であり、公安部幹部の捜査指揮も機能不全であり、情けない限りで、これらの点は大いに批判されるべきですが、ここでは、それらが触れていない本事件の背景に潜む二つの課題について言及してみたいと思います。
2 「故意」(内心の意思)偏重、自白偏重の刑事司法
本事案で外為法違反の不正輸出が成立するためには、輸出規制対象の物品を無許可で輸出した客観的事実の立証だけでは不十分で、輸出規制対象物品であることを認識した上で無許可輸出をしたことを立証する必要がありました。そこで、A警部補は、S営業担当取締役からその旨の供述を引き出そうとして、任意取調39回という取調偏重の捜査を行い、「詐術的」な取調や弁解録取書の作成にまで至ってしまったのです。
しかし、そもそもこのように「故意」という内心の意思を偏重する刑事司法は、好ましいものでしょうか。我が国の「故意」偏重の刑事司法制度が、自白偏重、取調偏重の捜査を誘発しているのではないでしょうか。外為法違反の立法論としては、重過失によって輸出規制対象物品であることを認識せずに輸出した場合も可罰的と規定するべきでしょう。そうなれば、所管省が輸出規制対象物品を明確に規定して、且つ関係業者がそれを容易に知り得る状態にあれば、仮に個別の担当者が輸出規制対象であることを認識していなかったと主張しても、認識していなかったことに重過失があると認定できるので、無理な取調を生む素地もなくなります。本事件では、「故意」の立証にエネルギーを注ぎ過ぎて、許可申請が必要な輸出規制対象製品か否かという、最も重要且つ基本的な命題についての捜査立証が疎かにされてしまったようです。(なお、本事件は、そもそも輸出規制対象物品であるか否かが明確に定められておらず、警視庁の公安部解釈を関係業者は事前に知り得る状態になかったのですから、そもそも事件化すること自体に無理があった事案です。) 米国の立法例などを見ると、例えば、国防情報漏洩罪(合衆国法典18篇793条)では、重過失による漏洩も故意犯と同様に扱っています。漏洩する積りはなかったという「故意」の否定による抗弁を封じているのです。このように「故意」という内心の意思に関わりない犯罪構成要件の立て方を工夫すべきでしょう。
「故意」偏重の刑事司法は他にも好ましくない副産物を生んでいます。警察が検察に送致した事件の起訴率が激減しています。検察統計によって2000年と2023年との罪名別の起訴率を比較すると、総起訴率は53.9%から32.0%へと減少しており、これ自体大きな問題ですが、特に殺人未遂を含む殺人罪の起訴率は、61.2%から27.4%へと半分以下に激減しているのです(トピックス「我が国における起訴率の激減」参照)。この背景を考えると、犯人が「殺すつもりはなかった」などと主張して、担当検事が殺人の故意の立証に自信が持てないために、殺人罪で送致を受けても傷害致死罪で、殺人未遂罪で送致されても傷害罪或いは暴行罪で起訴する事例が増加しているのではないでしょうか。我が国では、殺人罪には殺人の「故意」が必要とされているために、外形的には全く同様な「殺人」行為でも、犯人の内心の意思の立証度合によって、殺人罪になったり傷害致死罪或いは暴行罪になったりしてしまうのです。これに対して、米国では、殺人の故意の立証は、殺人罪(murder)成立の必須要件ではなく、犯人に極度の無謀性(extreme recklessness)や悪意(malice)が見られれば、殺人罪が成立します。つまり、普通の人が見て殺人だと考える行為は、殺人罪で処罰されるのです。普通の人の感覚に添った常識的な刑事司法です。我が国でも、外形的に普通の人が「殺人」と考える行為は、その外形的な状況から殺人の故意を「推認する」べきでしょう。「故意」偏重を反省する必要があるのではないでしょうか。 漏れ聞くところでは、事件担当検事もつい「故意の供述」は取れていますかと、刑事に訊ねることが多いそうですが、法曹関係者全体の意識改革が必要ではないでしょうか。
本外為法違反の捜査では強引で無理な事件化が見られましたが、なぜ、強引で無理な事件化が行われたのでしょうか。警視庁の検証報告書は、その主因として、担当警部と担当管理官の検挙第一による暴走と公安部最高幹部による捜査指揮の形骸化を挙げているが、筆者は、背景原因の一つに事件化への渇望と焦りがあったのではないかと考えます。
そもそも、我が国では、国家安全保障に係わる事件の検挙は極めて少ないのが現状です。国家安全保障に係わる事件とは、スパイ、テロ、国家転覆、大量破壊兵器拡散など国家の安全保障に係わる事件であり、本件で問題となった生物兵器製造に転用可能な物品の不正輸出や先端技術の窃取・流出なども含まれます。正に国家の安全を脅かす重大な事件であり、各国ともこの種の事件の防止摘発に力をいれています。
ところで、国家安全保障に係わる事件の検挙件数を見ると、例えば、米国においては(宇生航氏の研究によれば)FBI国家安全保障部門による先端技術窃取などの検挙件数は、平均して年間約30件以上に及んでいます。また、韓国においては(流出対策委員の研究によれば)産業技術の対外流出の摘発件数だけでも毎年約20件に及んでいます。これに対して、警視庁公安部による大量破壊兵器等に関する不正輸出事件の検挙件数は、検証報告書によれば数年に1件程度です。これにスパイ、テロその他を加えた、国家の安全保障に係わる事件の総検挙件数を見ても、警察庁の広報資料を見る限り、全国で年間0件ないし1、2件というところではないでしょうか。他方、我が国における検挙件数が少ないからと言って、機微な産業技術の流出や不正輸出が、我が国では米韓両国と比べて格段に少ないということはあり得ないでしょう。つまり、多くの事案が探知検挙できないままに放置されていると考えて間違いないのです。このような状況の下で、国家安全保障に係わる事件を検挙するために強引な捜査が生じてしまうのではないでしょうか。
このように米国と我が国で検挙件数に大差が生じる大きな要因は、我が国の公安捜査員の能力や努力に問題があるためではなく、取締りに関する法制度に大きな違いがあるためです。つまり、米国FBIは、極めて広範な情報収集権限を付与されているほか、広汎な罰則規定があり、また、司法制度の運用も取締りがし易い運用となっているのです。
例えば広義の通信傍受だけを見ても、通信回線の傍受の他、IT企業のデータセンターにおける収集、容疑者のスマートフォンのハッキングなどの権限まで認められており、その権限行使の要件は緩やかです。容疑者によるグーグル検索やグーグルマップ検索など各種のウェブの検索履歴の把握やスマートフォンの位置情報の把握も容易です。更には、秘密捜索や秘密裡の会話傍受装置の設置も認められています。米国の国家安全保障に係わる事件の起訴状やFBI捜査官の宣誓供述書などは詳細で、FBIによる調査・捜査手法が概ね推定できます。広汎な調査・捜査権限によって客観的な証拠を収集して事件化している姿が見て取れます。強引な取調による故意の立証などは見られませんし、そもそも強引な取調をする必要がないのです。
このような制度的違いについての議論を回避して、既存の限定された刑事司法制度の中で対処し続けようとすれば、国家安全保障に係わる事件の取締りは殆ど望めないのであり、「スパイ天国」と言われる我が国の現状は何も変わらないでしょう。その結果は、目に見えないところで、日々国力が衰退し続け、平穏で豊かな生活を享受するという国民の人権の基盤も侵害され続けるのです。
国家安全保障に係わる事件に関するFBIによる調査や捜査の具体的手法については、筆者の様々な論文や論考で明らかにしています。我が国でも、国家安全保障に係わる事案の取締りについては、憲法の理念的な文理解釈に留まることなく、米欧の法律制度の実態を真摯に研究した上で、国民の人権を守りつつ、実効性ある取締りが可能な法制の構築が望まれます。