前回に引き続き、2025年10月の『自由民主党・日本維新の会 連立政権合意書』中の「インテリジェンス政策」実行すべき政策5項目の内、③~⑤について、維新の「中間論点整理」や北村滋氏の著作を参考にして、解説し、評価を述べます。
① 「国家情報局」と「国家情報局長」の創設(令和8年通常国会で実現)
② 「国家情報会議」設置法の制定(同上)
③ 「対外情報庁」の創設(令和9年度末まで)
④ 省庁横断的「情報養成機関」の創設(同上)
⑤ スパイ防止関連法制の策定と成立(令和7年に検討開始)
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1 「対外情報庁」の創設
連立合意書には、令和9年度末までに、独立した「対外情報庁(仮称)」を創設すると記述しています。
北村氏は、対外情報機能の強化の具体策としては、2015年に設置された国際テロ情報収集ユニットと国際テロ情報集約室を基礎に発展させるべきであると提言しています。前者は外務省に設置されていますが、関係省庁の職員も参加する情報収集の実施部隊です。後者は内閣官房の情報集約の司令塔ですが、前者の職員は後者の職員の身分も保有しています。つまり、両者は形式的には別組織ですが緊密な連携関係にあり、実質的に官邸直轄の政府横断的な情報組織となっています。北村氏は、今後は情報収集目的を経済安全保障や大量破壊兵器不拡散といった分野に拡大し、人員組織を充実強化していくことを提案しています。インテリジェンスの組織は、高度な専門性を有するため、経験を積み上げながら漸進的に強化していく必要があり、北村氏の提言は妥当な案でしょう。
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一方、維新「中間論点整理」では、米国CIAに倣った対外ヒューミント機関を一気に構築することを想定しているようで、機能としては①諜報、②防諜、③非公然活動の三つを予定しています。また維新案では、対外情報庁は独立組織として、既存の組織のスクラップ&ビルドで創設するとしています。昨年12月には、元次官や元統合幕僚長など外務・防衛両省幹部OB7人が、公安調査庁を土台に対外ヒューミント機関を創設する提言をしています。公安調査庁については、2025年10月のトピック「公安調査庁による民間情報の利用」で紹介したように、中国では多くの日本人が反スパイ法で摘発されていますが、その多くで公安調査庁の依頼を受けて活動したと認定されています。この背景には公安調査庁の秘密保全態勢や秘密保持能力の脆弱性が疑われます。そもそも、現在の公安調査庁が対外ヒューミント機関の土台となり得る専門技能と人材を備えている組織なのか、慎重に検討されるべきでしょう。
2 省庁横断的「情報要員養成機関」の創設
連立合意書は、情報要員を組織的に養成するため、令和9年度末までに、インテリジェンス・コミュニティ横断的なインテリジェンス・オフィサー養成機関を創設するとしています。 インテリジェンス人材の養成は重要であり、そのための施設や制度を整備することについては異存がないと思われます。但し、インテリジェンス要員の育成については、幾つか注意が必要です。
第1に、インテリジェンスには、ヒューミント(人的諜報)、シギント(信号諜報)、イミント(画像諜報)、マシント(特徴計測諜報)など、幾つかの分野があり、それぞれ固有の専門技能・専門能力が求められます。例えばヒューミント分野だけをとっても、CIAでは工作要員と分析要員の教育訓練コースは全く別にしています。結局、それぞれの専門分野の技能・能力は、各機関が独自教育をするしかないのです。省庁横断的な「情報要員養成機関」を創設したとしても、そこで可能な教育訓練は結局、全分野に共通する基礎であり、それだけでは、各分野の要員養成として十分なものとはなり得ません。
第2に、秘密保全との調和です。インテリジェンス要員はその人定情報を秘匿する必要があり、特に、機微な工作分野の要員はそうです。CIAの訓練所でも工作要員の訓練生は仮名を使用して相互間で本名は明かしません。複数省庁、複数専門分野のインテリジェンス要員を同一施設で一緒に訓練するとすれば、秘密保全への特別の配慮が必要とされます。
第3に、訓練施設における訓練だけで、一人前のインテリジェンス要員が養成できると考えてはいけないということです。インテリジェンスの実務とはそれほど容易なものではありません。立派な教育・訓練を受けても、一人前のインテリジェンス・オフィサーになるには、結局は、現場で実務に従事して経験を積み上げる必要があるのです。
第4、最後に、教官の問題があります。専門技能と専門能力がある実務経験を有する教官を如何にして確保していくか。相当の難題です。
これらの課題をどう克服して、機能する養成機関を構築できるか、相当の努力が必要でしょう。
3 スパイ防止関連法制の検討と策定成立
連立合意書は、インテリジェンス・スパイ防止関連法制(基本法、外国代理人登録法及びロビー活動公開法等)について令和7年に検討を開始し、速やかに法案を策定し成立させるとしています。
ところで、スパイ防止のために必要な制度・法律については、多面的重層的な対策が必要であり、純粋防御面だけでも、秘密指定制度や防諜・保全担当部署の整備、人的保全(Personnel Security、セキュリティ・クリアランス等)、施設・物的保全(Physical Security)、情報保全(Information Security:INFOSEC、情報システム保全等)、内部脅威対策(Insider Threat Program)、民間企業による防護措置と政府の協力態勢、情報のサニタイズなど幅広いものがあります。また、積極防御面でも、防諜機関(セキュリティ・サービス)の情報収集権限、刑事処罰規定の整備、刑事司法の運用など幅広い各分野があります。そして、我が国の制度や法律は、各分野とも十分なものとは言えず、多くの課題が残されているのです。(課題の一端は、2025年12月のトピック「セキュリティ・クリアランスと背景調査(人的保全):日米比較」或は雑誌『正論』2025年12月号「『スパイ天国』日本の実態」などで明らかにしました。)
従って、外国代理人登録法やロビー活動公開法は、それなりに効果がある立法ですが、それで十分という訳にはいきません。また、米国でスパイ摘発の手段として良く適用されているのは、刑法の外国代理人届出義務違反(合衆国法典18篇(刑法・刑事手続法)951条)であって、外国代理人登録法(Foreign Agents Registration Act:FARA、合衆国法典22篇(外交・対外関係法)611-621条)違反ではありません。両者は混同され易いので、注意する必要があります。スパイ対策では18篇951条の外国代理人届出義務違反罪と同様の罰則規定の制定こそが必要なのです。
4 総合的な評価
以上、『自由民主党・日本維新の会 連立政権合意書』中の「インテリジェンス政策」の紹介と評価を述べてみました。評価をまとめると次の通りです。
連立合意の①「国家情報局」と②「国家情報会議」については、十分なものとは言えないものの、内閣の情報機能の強化のためには前進であり、早期の法案提出と成立が期待されます。
これに対して、連立合意の③「対外情報庁」創設、④省庁横断的「情報要員養成機関」創設、⑤スパイ防止関連法制については、拙速に事を進めて、名ばかりのものとなることが危惧されます。実効のある制度となるようにしっかりとした制度設計が必要でしょう。
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特に対外ヒューミント機関についてですが、米露イスラエルなど主要国の対外ヒューミント機関の主要任務は、単なる情報収集ではなく、「工作」が多くを占めます。「工作」とは、謀略とも形容できる、政権転覆、暗殺、世論工作その他の積極的な工作です。これに対して、我が国政府は、謀略に手を染める意思はないと思います。そうであれば、先ず、国家情報局の分析部門を大幅に増員して分析能力を飛躍的に強化し、その分析部門が必要とする海外情報に対する合法的な海外調査活動、外国機関との情報交換などから始めるのが、着実且つ合理的ではないでしょうか。なおその際、民間情報の利用は、世界共通の手法ですから当然行うとしても、協力者の安全をしっかり守れる秘密保全態勢を確立することが必須です。
ところで、今回の自民・維新の連立合意「インテリジェンス政策」5項目がそれなりに実施された場合、我が国のインテリジェンスは抜本的に強化されて、インテリジェンスで「普通の国」となれるのでしょうか。 残念ながら、そうではありません。依然としてインテリジェンスの重要分野の強化が欠けているのです。
それは、対外諜報面では、シギント(信号諜報)とイミント/ジオイント(画像諜報/地理空間諜報)の抜本強化であり、国家シギント機関と国家イミント/ジオイント機関の創設です。対外インテリジェンスでは、シギント情報の割合が高く、米国でも全体の7割程度はシギント情報と推定できます。シギント分野の抜本的強化なくして、インテリジェンス強化は有り得ないのです。(参照:拙著「ウクライナ戦争の教訓~我が国インテリジェンス強化の方向性~」警察政策学会資料125号再訂版(2023年)59頁以下。同「Teixeira漏洩情報に見る米国のインテリジェンス力」警察政策学会資料第129号(2023年))
また、スパイ対策では、セキュリティ・サービスが重要です。現在、我が国には国家安全保障のための行政調査権限をもつセキュリティ・サービスが存在しません。行政通信傍受などを含む行政調査権限法の早急な制定が期待されます。(参照:上記の警察学会資料125号再訂版。「スパイ防止に必要な法律・制度」(2025年9月講演PPT資料))
(以上)