米国における行政通信傍受の法的構造

                         (2024年5月5日に追記しました。)

 行政通信傍受は、世界のインテリジェンス諸機関にとって、極めて重要な情報収集手段です。シギント機関(信号諜報)の主戦場は通信傍受ですが、セキュリティ・サービス(国家安全保障のために主として国内で活動する諜報機関)にとっても通信傍受は極めて重要な情報収集手段です。  現在の民主主義国家による行政通信傍受、即ち司法捜査目的の通信傍受ではなく、国家安全保障目的の通信傍受の基本的な考え方は、対外的な通信傍受は基本的に国民の人権を侵害しないので自由。国内での通信傍受は国民の人権を侵害する可能性があるので、法的規制が必要というものです。但し、国家安全保障のための行政傍受の要件は、司法傍受よりの緩やかに設定されています。

 今回はその一例として、米国における行政通信傍受に関するの法的規制について、概略を説明します。 米国政府は、国家安全保障目的のための現実の必要に迫られて、遅くとも19世紀中葉以来、無令状による行政通信傍受を実施してきました。但し、当時は秘密裡に実行されて来たため、その法的根拠についてはそれ程議論されていなかったようです。 20世紀、特に第二次世界大戦後になってから、国家安全保障目的の行政通信傍受の法的根拠が盛んに議論され、連邦裁判所の判決も出るようになり、現在では基本的に次のように考えられています。

1 行政通信傍受の憲法上の根拠

 米国憲法第2章によって、行政権は大統領に付与されています。即ち、大統領は行政府の長であり、軍最高司令官であり、対外関係の責任者です。そして大統領に付与された行政権には「本来的な権限(inherent powers)」が含まれると解釈されています。特に、大統領は対外関係(foreign affairs)の責任者ですので、その責任を果たすために、当然に対外諜報(foreign intelligence)を実施する本来的な権限を保有すると解釈されています。

 また、大統領の国家安全保障のための広汎な権限の根拠として、その就任宣言を上げる説もあります。即ち、憲法第2章第1条によれば、大統領就任時の宣誓文には「私は、合衆国大統領の職務を忠実に執行し、全力を尽して合衆国憲法を保持し、保護し、擁護することを厳粛に誓います。」の句が含まれますが、これは、国家の安全保障が大統領の任務であると共に権限であることを示していると解されています。言ってみれば、任務規定或いは義務規定をそのまま権限行使の根拠規定と解釈しているのです。

 米国行政府は、憲法が大統領に付与した行政権に基づく本来的な権限として、国家安全保障のための諜報活動は議会の制定する法律の根拠なしに行うことができると解釈して且つ実行してきました。そして米国政府は、第2次世界大戦前から戦後に至るまで、国家安全保障目的の行政通信傍受を、広汎に、法律の根拠なしに、且つ裁判所の令状なしに、実施してきました。 

 一方、司法通信傍受に関しては、1968年総合犯罪対策・街路安全法(Omnibus Crime Control and Safe Streets Act of 1968)によって、合衆国法典第18篇第1部第119章が新設されました。これは司法通信傍受に関する1967年の米最高裁判決(カッツ事件)によって、通信傍受が連邦憲法修正第4条「不合理な捜索押収の禁止」でいう「捜索押収」に当たると明示されたためです。そこで、司法通信傍受制度を創設し且つ同章以外の通信傍受の禁止を定めました。しかし同時に、行政通信傍受については同章の制約が適用されないことを確認していました。即ち、当時の同章第2511条第3項は「本章…の規定は、…合衆国の安全保障に不可欠な対外諜報情報を得るために…、大統領が必要と考える措置を採ることができる大統領の憲法上の権限を制限するものではない。」と規定されていました。いわゆる「国家安全保障のための適用除外」(national security exemption)です。  そのため、その後も、米国政府、特にFBIはセキュリティ・サービスとして国家安全保障目的の行政通信傍受を、無令状で実施し続けました。無令状による行政通信傍受は、大統領権限に基づくものですから、大統領又は大統領から権限の委任を受けた司法長官の承認の下に行われました。

 これに対する連邦裁判所の立場ですが、1970年代の国家安全保障関連事件の連邦控訴審において、大統領権限による対外諜報目的の無令状・行政通信傍受を合憲とする判決が続出しています(少なくとも4件)。何れも被告人側からの上告は不受理ととなっており、連邦裁判所は連邦最高裁も含めて、基本的に米国行政府の憲法解釈を是認していると考えられます。

2 行政通信傍受に関する現在の法の全体構造

 現在米国における諜報活動についての基本規程は、1981年制定の大統領命令第12333号「合衆国諜報活動」(Executive Order 12333: United States Intelligence Activities)です。従って、諜報活動の一部として国内外で行われる行政通信傍受も本大統領命令に基づいて行われています。

 ところで、既述のとおり、司法通信傍受に関する1967年米最高裁判決において、通信傍受は連邦憲法修正第4条「不合理な捜索押収の禁止」でいう「捜索押収」に当たると判示されています。その結果、国内における行政通信傍受においても、「不合理な捜索押収」には当たらない制度的枠組の構築が必要とされました。そこで当初「合理的な捜索押収」の制度的枠組としては、行政府内での手続(大統領又はその代理人たる司法長官による承認、傍受対象の特定、対外諜報目的)に求められていました。 その後ニクソン政権による連邦権限の濫用を受けて、1978年に対外諜報監視法(FISA: Foreign Intelligence Surveillance Act)が制定されたため、現在は同法がその制度的枠組を担っています。

 ここで重要なことは、対外諜報監視法は、国内における行政通信傍受の権限創設規定ではなく、権限確認規定又は権限規制規定であるということです。つまり、国内においても大統領は本来的な権限として対外諜報(防諜、国際テロ対策を含む)目的の行政通信傍受を行い得るのですが、それが憲法修正第4条に適合した「合理的な捜索押収」として実施されるための枠組を、連邦議会が法律の形で提示したと解釈されています。従って、仮に何かの理由で、対外諜報監視法が突然失効したり廃止されたりした場合においても、米国行政府は、対外諜報目的の行政通信傍受が一切できなくなるわけではなく、同法に替わる「合理的な捜索押収」の枠組を構築すれば実施可能であるということになります。

 また、米国政府は、9.11以後、米国内で「Steller Wind」というコード名の新たな秘密の行政通信傍受制度を始めましたが、2005年、2006年に秘密が漏洩されて政治問題化しました。その法制度上の対応の一つとして、2008年には対外諜報監視法に第702条が追加制定されました。しかし、ここでも重要なことは、連邦政府は「Steller Wind」を違法或いは違憲な制度と認めた訳ではなく、大統領権限に基づく正当なものであったとの立場を取っていることです。

3 対外諜報監視法に基づく行政通信傍受の類型

 現在、対外諜報監視法に基づく行政通信傍受には、主に次の二つの類型があります。

(1)対外諜報監視法第1章による行政通信傍受

 これは、1978年制定の旧来型の行政通信傍受です。米国内において特定の「外国勢力」又は「外国勢力の代理人」(と信じるに足りる相当の理由のある場合)に対して行うもので、同法によって設置された対外諜報監視裁判所による個別命令(order)を得て行われます。但し、外国大使館など外国勢力が公然且つ排他的に支配している施設などに対する通信傍受は、裁判所命令なしに、大統領が司法長官を通じて許可することができます。 なお、憲法修正第4条「不当な捜索押収の禁止」は、「令状主義」の原則を定めたものと言われていますが、同条の「令状主義」には適用除外対象が多くあります。対外諜報監視法が定めた対外諜報監視裁判所による「命令(order)」は、司法通信傍受とは要件も異なっており、憲法修正第4条が規定する「令状(warrant)」には該当しないと考えられます。

 NSAのシギントデータ収集態勢のうち、米国内の通信基幹回線からの収集計画「ブラーニー」は、このためのシステムであり、実際は、法律制定前の1970年代初めから運用されてきました。NSAは本システムによって、諸外国の大使館などを監視下に置いているようです。また、FBIもこのシステムを特定のスパイ容疑者や国際テロ容疑者に対する行政通信傍受に使用していると見られます。更にFBIは、「プリズム」(米国内データセンターからのデータ収集)も使用していますが、その根拠の一つが本規定ですと見られます。

(2)法702条による行政通信傍受

 2008年に制定制定された新型の行政通信傍受です。これは、米国内の通信事業者施設からデータ収集(通信傍受)をするものですが、米国外にいると合理的に推定できる非米国人を標的にしているため、司法長官と国家諜報長官が連名で認可すれば可能で、裁判所の個別命令は不要です。

 但し、米国人や米国内居住者の情報収集を避けるための傍受計画の枠組(標的決定手順、最小化手順、検索手順)を定める必要があり、この枠組が適正であることについて、対外諜報監視裁判所による認証を受ける必要があります。この枠組の内、先ず標的決定手順とは、データ収集の標的を米国外にいる非米国人に限定するための手順です。ところが、米国外にいる非米国人を標的としてデータを収集しても、同人と米国内米国人との通信も付随的に収集されてデータベースに蓄積されてしまいます。そこで次に、最小化手順とは、付随的に収集された米国人情報の使用や配布を極力限定するための手順です。更に、検索手順という2017年に新規導入された枠組があります。収集データベースに対してはNSA、FBIなどの分析官が一定の条件下に米国人情報を検索(query)することが認められていますが、それを対外諜報目的(FBIは特定の犯罪捜査目的も可能)に限定する手順です。そもそも、米司法省の立場は、一旦適法に収集されたデータは他目的に使用しても差し支えないというものですが、702条収集に対してはその使用目的を限定しているのです。

 法702条による通信傍受に使用されているシステムは、①「プリズム」(Downstream)(米国内データセンターからのデータ収集)と、②米国内通信基幹回線からの収集計画(Upstream)の内「フェアビュー」(ATT社協力)「ストームブリュー」(ベライゾン社協力)の2種類があります。データ収集量が圧倒的に多いのは①です。この「プリズム」システムへの窓口官庁はFBIで、収集した生データは、FBIからNSAには全データが、FBI、CIA、NCTC(国家テロ対策センター、国家諜報長官室傘下)にそれぞれの必要データが提供されています。また、②の通信基幹回線へのアクセスは、NSAのみが認められています(生データのFBIやCIA等への直接配布はありません)。  本収集は、既述のように、2001年の9.11事件後にブッシュ大統領の命令により「Steller Wind」のコード名で秘密裡に法律の根拠なしに開始されたものですが、2005年2006年と続けて秘密が漏洩されて政治問題化したため、2008年に本条が制定されたものです。

(3)法702条による行政通信傍受の効果

 米政府の公表資料によれば、702条による収集は極めて効果的であり、狭義の対外諜報のほか、国際テロ対策、サイバー攻撃対策、ランサムウェア対策、技術流出対策、大量破壊兵器拡散対策、国際薬物対策などで大きな成果を上げています。例えば、CIAによる大量破壊兵器拡散阻止事例の70%、FBIの技術情報報告の65%、NSAによる大統領デーリーブリーフの59%、CIAによる世界インテリジェンス日報の40%で使用されています。また、個別具体的な成果としては次の事例が挙げられています。2009年アルカイダのニューヨーク地下鉄爆破阻止、2014年イスラム国指導者ハジ・イマン殺害、2022年9.11事件首謀者アイマン・ザワヒリ殺害、2021年コロニアル・パイプライン事件での犯人特定と身代金回収、2021年イラン系ランサムウェア攻撃から非営利団体のデータ回復、2021年某中東国による国外反体制派の監視追跡の阻止、2023年重要インフラ攻撃の可能性のあったテロ計画の阻止などです。(USIC, Section 702 of the Foreign Intelligence Surveillance Act, summer 2023)

4 補足

(1)法律制定に実務が先行

 米国では、国家安全保障目的の通信傍受の実務が先行し、米国内での行政通信傍受が法律で確認・規制されたのは1978年のことでしたが、このように通信傍受の実務が先行し、後にこれが法律で制度化される例は珍しくありません。英国でも、行政通信傍受は幅広く行われてきましたが、これが法律で確認・規制されたのは2000年の調査権限規制法の制定が初めてでした。

(2)対外国ハッキングに法律の根拠は必要か

 NSAの内部資料によれば、対外国CNE(コンピュータ・ネットワーク資源開拓、つまりハッキング)はシギント活動に当然に付随する活動と認識されています。つまり、対外的なCNEの根拠としては、シギント任務で十分であり、そのほか特別な根拠規定を必要とするとは認識されていません(例えば、NSA, Office of General Counsel, CNO Legal Authorities, circa 2010)。他方、国内のシステムに対してCNEを行うには法律の根拠を必要とします。実際はFBIが司法捜査のための令状を得て行うことが多い様です。

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