Teixeira漏洩情報に見る米国のインテリジェンス力

 4月13日米国で、ジャック・テシェイラという21才の青年が機密漏洩容疑で逮捕されました。彼は、マサチューセッツ州の空軍州兵でインテリジェンス部隊に勤務しており、機密情報にアクセスできる立場にありました。彼は、自分が主宰するソーシャルメディアのチャットグループ内で機密情報を違法に共有していたのですが、それが他のメンバーによって流出させられたのです。 流失した機密情報の量については必ずしも明確ではありませんが、米国のワシントンポスト紙は300頁以上の機密や極秘の情報を入手したと報道しています。漏洩情報の多くは、統合参謀本部作成の情報ですが、CIAオペレーション・センターやODNI国家諜報長官室作成の情報もあります。漏洩情報は本年1月と2月の日報的な情報が多く、情報源はシギント、イミント、マシント、ヒューミントなど多様です。漏洩の結果、米国の情報プロダクトの一部が判明し、それによって米国のインテリジェンス力の実態に近づくことができました。

 研究者にとって今回の漏洩情報の価値は、第1に米国のインテリジェンス力をより正確に把握できることです。私は、『ウクナイナ戦争の教訓~我が国インテリジェンス強化の方向性(改訂版)』(2022年12月)で、米国のインテリジェンス力について記述しましたが、秘密保全の厳しい分野のため、合理的推論に頼らざるを得ない部分が多くありました。今回の漏洩情報のお蔭で、米国のインテリジェンス力についての私の合理的推論がほぼ正しいことが確認できました。特に、シギント力の重要性が再確認できました。第2に、「敵地攻撃に必要なインテリジェンス能力」(先日トッピクス掲示)に関連して、攻撃を効果的に実施するためには、単に攻撃目標、例えば、ミサイル部隊の戦力組成や所在地を把握するだけではなく、(漏洩情報で明らかにされたような)部隊の態勢や攻撃計画・意図、更には、対象国の軍事動向の全般を把握することが重要であること、そしてその把握能力があるのは米国であることが確認できました。

 それでは、ウェブサイトで閲覧可能な漏洩情報や米国の各種マスメディアの報道を総合的に分析して、漏洩情報の内、ウクライナ戦争に係わるロシア関係情報を見ていきます。情報は日報などが多く断片的ですが、それでも、米国インテリジェンスの収集力が、ロシアの軍事指揮機構やGRU、FSB、SVRなどのインテリジェンス諸機関、更には民間軍事会社ワグネルにまで幅広く浸透していることが明らかとなりました。米国は、事前に攻撃を探知・警告する能力、及び、露軍の全体像、利点と欠点を正確に把握する能力を保持しているのです。また、情報には、シギント情報と記載されているものが多く、シギントの重要性を再確認させられます。

(1)ロシア軍戦力全般に関する情報

 〇【3月1日現在の状況報告】には、露軍、ウクライナ軍の全大隊の所在地が表示されている。また、両軍の損害(死傷者数)については、露軍18万9500~22万3000人(内、戦死者3万5500~4万3500人)、ウクライナ軍12万4500~13万1000人(内、戦死者1万6000~7500人)。ウクライナ民間人死者は4万1000人である。(注:ウクライナ民間人の犠牲者が多いことが分かります。自国内での戦闘の被害は民間人に広く及びます。) 〇ウクライナ戦域における両国の戦闘機の現有数は、露軍485機、ウクライナ軍85機である。

(2)国防省・軍参謀本部への浸透を示す情報例

 米国は、ロシアによる攻撃計画や攻撃目標について、毎日、作戦に使用可能な情報を入手しています。その情報例を示します。 〇露国防省は、オデーサとミコラエフのウクナイナ軍の特定施設に対して、3月3日のミサイル攻撃計画を策定した。攻撃の標的は、装甲車両修理施設、ドローン保管所と対空機関砲の保管所、及び兵員の所在地である。 〇露国防省は、2月の特定日に2か所のウクライナ軍部隊に対する攻撃計画を通知した。 〇露国防省は、ウクライナのエネルギー施設12箇所及び橋12箇所の破壊を計画中である。

 その他:〇2月の露軍の報告は、ウクナイナ東部における露軍の戦闘力低下について記載している。 〇露参謀本部は、欧米から供与される戦車の対策を検討しており、戦車を破壊又は鹵獲した兵士には、特別ボーナスの支給を準備している。また、異なる砲撃区域を設定したり、西側戦車の弱点の教育を計画している

(3)GRU(軍諜報部)への浸透を示す情報例

 〇GRUは、アフリカにおける情報作戦を計画している。具体的には、ウクライナを支持する複数国の指導者を貶め、反米・反仏の世論形成のための宣伝キャンペーンを計画中である(CIA報告)。  

(4)FSB(ロシア連邦保安庁)への浸透を示す情報例

 〇FSBは、軍幹部は悪い情報を報告したがらず、国防省がロシア軍の損害を胡麻化していると批判している。露国防省は、報告する損害に、国家親衛隊や、民間軍事会社ワグネル、カディロフ部隊などの損害を含めていない。FSBは、実際の損害は11万人近くと推定している【2月28日付情報】。(注:11万人でも、米側の推定値の半数程度でしかありません。露国防省の報告数がいかに少ないかが分かります。)

(5)SVR(ロシア対外諜報庁)への浸透を示す情報例

 〇SVRの報告によれば、中国共産党中央軍事委員会がロシアに徐々に殺傷兵器を提供することを承認した。中国は民生品に偽装して輸出してその提供を秘密にしておきたい意向である【ODNI2月23日付報告】。(但し、その後の中露関係の展開をみると、SVRの当該情報は誤報であった可能性があります。)  

(6)ワーグナー・グループへの浸透を示す情報例

 民間軍事会社ワグネルの指導者プリゴジンの仲間達の通信を傍受したシギント情報です。 〇ワグネルによる囚人兵士の募集再開の話がある。 〇ワグネルは、ウクライナとマリで使用する武器をトルコから調達しようとして、トルコの関係先と接触している。また、マリの臨時大統領は、ワグネルのために、トルコから武器を調達できると言明した。 〇ハイチ:2月下旬現在、ワグネル関係者がハイチを訪問してハイチのギャング対策について契約を検討する予定であり、ハイチに拠点を置こうとしている。 

(7)その他の興味深い情報

 〇昨年晩夏にウクライナから帰還したスペツナズ旅団5つの内、4旅団は重大な損害を受けていた。3つの旅団の死傷率の推定は90~95%にも達する。第22旅団はティーグル歩兵車両を半分以上喪失した。スペツナズ隊員の訓練には最低でも4年間が必要であり、これだけの大損害を受けると再建には10年かかる。重大な損害を受けた理由は、露軍の一般歩兵部隊の戦闘力が不十分なため、露軍司令官が、本来、偵察など特殊任務で使うべきスペツナズ旅団などの特殊部隊を通常戦闘に投入してしまい、大打撃を受けたのである【昨年後半から本年初にかけての情報評価】。

 〇昨年9月29日、黒海上空で、英国の総合シギント機RC-135が露軍Su-27戦闘機のミサイル発射を受けたが、これは、露軍地上管制局からの交信をSu-27パイロットが攻撃可と誤解して、ミサイルを発射したものである。ミサイルは故障のため適切に発進せず、撃墜を免れた。(注:RC-135は黒海上空を飛行中、露軍の地上管制局とSu-27の交信を傍受しているのです。現在の交信はデジタル無線で行われている筈ですので、米英はそのデジタル無線を解読できていることを示しています。) 

 上記で紹介したのは漏洩情報の一部であって、米国のインテリジェンス力の一端を示すものでしかありません。しかし、それでも米国のインテリジェンスがロシアの幅広い分野に及んでいることが明白となったと思います。米国が戦争をする時は、このようなインテリジェンス力を総動員して行うのです。仮に我が国が敵地攻撃を行う場合に必要となるインテリジェンスとはどういうものか、イメージできるのではないでしょうか。「防衛整備計画」記載の「静止光学衛星」1機や無人飛行機の調達位で追い付けるようなものではないことがお分かりいただけたと思います。

(漏洩資料自体の分析などから、加筆しています。7月18日)

(注)より詳しい論説は、『警察公論』第78巻9号76-82頁(立花書房)で、2023年2月25日まで閲覧可能です。

2 thoughts on “Teixeira漏洩情報に見る米国のインテリジェンス力

  1. 茂田先生もご存知であると思いますが、この漏洩に関して米国が韓国に対しても様々な方法でインテリジェンス活動を行っていたとの報道がありました。それに対して日本のメディアは「同盟国」に対しても米国はインテリジェンス活動を行っていたと批判的な論調でしたが、先生の講義を受けた者からすれば「やっぱりな、授業で世界には100%の同盟国はないと仰っていた通りじゃないか」と大学卒業後に答え合わせをしている気分でした。大手メディアの反応を見ていると私たち日本人はインテリジェンスを適切に理解出来ていないと肌身で感じました。

    1. 池戸君 全くその通りです。今回、日本関連の情報が漏洩されていないのは、ウクライナ戦争に関して日本政府の対応については、米国として一応文句がない状態だったからでしょう。

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