加州ジョン・チェン工作網の芋ずる式摘発

      ~3つの事件検挙から分かるジョン・チェン工作網~

 最近の次のトピック3件を総合する記事です。カリフォルニア州における中国の工作活動、ジョン・チェンを首魁とする工作網の摘発の概要、摘発された4人の人物像、特に首魁ジョン・チェンと中国当局の指揮命令関係などを説明しています。

.

1 カリフォルニア州における中国の工作活動

 カリフォルニア州は中国の工作活動の重点地区とされており、共産党統一戦線工作部や国家安全部など中国機関が活発に工作活動をしている。 その背景は、先ずカリフォルニア州の中国系人口の多さが挙げられる。同州の中国系住民(米国籍、中国籍、台湾籍を含む)は200万人弱と州人口の5%弱を占めるが、これら中国系住民は、中国反体制活動支援の虞がある監視対象であり、同時に潜在的協力者である。次に、同州のシリコンバレーにはアップル、グーグル、エヌビディアなど最先端技術企業が集中し、また、サンディエゴなど太平洋艦隊の重要基地群がある。海軍産業も集中しており、先端科学技術や軍事技術などの収集対象地域である。更に、同州は太平洋の玄関口として中国との交易拠点でもあり、またロサンゼルス圏(ロサンゼルス市やその東のサンガブリエル・バレー地域)は中国系人口が多く、中国の「統一戦線工作」[1]上の重要対域であることも挙げられる。州内ではロサンゼルス圏とサンフランシスコ・シリコンバレー圏の2つが重要対象とされているようである。

 今まで、カリフォルニア州では多くのスパイが検挙され、或いは、摘発されている。過去の有名な事件を2つ挙げると、先ずロサンゼルス圏に居住した中国系のカトレーナ・レオンの事件(2002年検挙)がある。彼女は1983年にFBIの工作協力者(operational asset)となって、中国首脳に取り入って情報を収集する二重スパイとなり巨額の報酬も得ていた。しかし実は、中国国家安全部の協力者であった。レオンは愛人でもあった担当FBI捜査官から機密情報を入手して中国に流すと共に、同時に中国の「韜光養晦」戦略に添った偽情報を米国諜報コニュニティに掴ませていたのである。具体的には、「鄧小平は親米だが、江沢民はもっと親米で、エルビス・プレスリーの歌まで歌う」とか「鄧小平と江沢民は真の改革者である」などという偽情報である。こうして、米国の中国分析、即ち「中国はやがては米国のような自由主義経済、民主主義国になる」という幻想の涵養に貢献したのであった。

 次に、サンフランシスコ出身の政治家ダイアン・ファインスタインの例も有名である、彼女は30年以上も上院に在籍し上院諜報委員会委員長も勤めた大物議員だったが、彼女の事務所に20年も勤めていた中国系の側近が、サンフランシスコ総領事館を通じて中国当局に情報協力をしていたという事実が、2018年に報道された。

 これらの他にも、中国当局は、カリフォルニア州において、中国反体制派に対する監視と圧迫(民主活動家、台湾支持者、チベット支持者、新疆ウイグル支持者、法輪功信者などの監視と圧迫)、軍事情報や先端科学・軍事技術等の窃取、政治家への浸透、将来性のある地域政治家の取込み(市長、知事、連邦議員の先物買い)など、多彩な工作活動を展開し続けて来たのである。

2 ジョン・チェンを首魁とする工作網の摘発

 カリフォルニア州における中国工作網の一つ、ジョン・チェンを首魁とする工作網が、2023年から2026年にかけて芋ずる式に摘発された。ジョン・チェンはロサンゼルス圏で長年工作活動に従事してきたが、法輪功系の神韻芸術団に打撃を与えるためにその非課税資格を剥奪しようとして、ニューヨークの内国歳入庁職員に現金を手交して贈賄工作を実施した。ところが、その贈賄相手は仮装身分捜査のFBI捜査官であって、手下のリン・フェンと共に2023年5月に逮捕された。この首魁チェンの逮捕を切掛けに、チェンのスマホ端末の分析などから、チェンの右腕ヤオニン・スンのロサンゼルス圏での親中の政治工作活動が明らかになり、2024年12月にスンが外国代理人届出義務違反で逮捕された。更にヤオニン・スンの元婚約者でアルカディア市長アイリーン・ワンが中国総領事館員の指示を受けて行った親中の世論工作も明らかとなり、外国政府代理人届出義務違反で有罪答弁の司法取引合意書を締結した事実が2026年5月に公表された。

 これら3件一連の事件検挙によって、ジョン・チェン工作網の活動の全体像が見えてきている。彼らの工作は、主として、「統一戦線工作」による情報作戦や影響力作戦であるが、その中には、中国が敵視する法輪功に対する違法な妨害工作や新進気鋭の親中政治家の育成など、幅広い活動が含まれており、中国の工作活動の広がりが実感できる。

 一方、これらの事件検挙を通してFBIの捜査手法として注目されるのは、デジタル捜査技術であり、捜査資料の大半は、電話通話内容や暗号化通信アプリによる通信内容である。今回の事例では、これら捜査資料の入手では、通話当事者の協力、司法通信傍受、押収端末の分析が行われたのは明白であるが、他にクラウド同期バックアップ・データの取得なども考えられる。その他に、私立探偵(調査業)の協力者、関係官庁(内国歳入庁・税関)の捜査協力、勾留中の同房者からの情報収集など、FBIの標準的捜査手法も現れている。

 適用罰則としては、3事件とも外国政府代理人届出義務違反罪(合衆国法典18篇951条)が適用されており、広義のスパイ対策での同罪の重要性が再認識される。更に、3事件とも被告人の有罪答弁で裁判が決着しており、FBIとしては詳細な捜査資料を法廷で開示せず、従って、調査・捜査手法の詳細を開示せずに事件を終結することができている。

3 摘発された工作員達

(1)工作網の首魁ジョン・チェン(陳軍)、71才(2024年11月現在)

 カリフォルニア州ロサンゼルス市の東、サンベルナルド郡チノ市在住で、米国籍である。1990年代前半に、中国当局の指示を受けて米国に移住し、米国籍を取得して、中国当局のために工作活動をしてきた。いわば筋金入りの工作員であろう。

 ヤオニン・スン事件関係のFBI捜査官の宣誓供述書[2]によれば、チェンは、人民解放軍の勤務経験がある。同供述書が引用する2008年の地元紙の報道によれば、チェンは元中国政府職員で、政府の海外顧問に任命されており、同年のロサンゼルス地区での親中派集会の組織者の1人であった。また同供述書によれば、彼は当時、ガーデン家具企業の経営者であった。

 チェンは、2019年にはロサンゼルス市における台湾支持派の抗議行動に対して、メガホンを使って「中国籍であれば帰国したら逮捕されるぞ。米国籍なら入国査証が出ないぞ」と参加者を威嚇していた。

 チェンは、同年の中国建国70周年記念行事など、中国共産党の主要行事(軍事パレードを含む)にも参加している。更に、習近平国家主席と接見し握手をした姿の写真(2021年5月28日撮影)もあるなど、中国政府組織の幹部に該当するとみられる。

(ア)チェンと中国当局(「統一戦線工作部」)の関係

 FBIは、ヤオニン・スンの事件の宣誓供述書において、スンのボスであるチェンが中国当局の一員であることを立証するために、チェンと中国当局の上司との遣り取りを詳しく記述している。そして、チェンが中国共産党の「統一戦線工作部」系統の幹部であると推定している。この立証には、2023年5月に押収したチェンの携帯電話の解析が大きく貢献しているようである。

 それでは、2022年秋から2023年にかけての中国の当局との遣り取りを見てみよう。中国工作員に対する北京の指揮統制の実態が具体的に分かる資料でもあり、興味深い。

 チェンは、2022年9月に天津市を訪問し、当地の行政責任者Xと同人の補佐官Yと会食するなどしたが、その際にチェンはYに対して今後の工作活動について提案をしたようである。その後も、補佐官Yと頻繁に連絡を取り合って、カリフォルニア州地元政治家に対する影響力工作や、そのために「我々の専属チーム」を結成したことなど報告している。

 例えば10月9日チェンは補佐官Yに、工作対象者としての地元政治家(前ロサンゼルス郡政委員で親中派)の名前と写真を送信して、話し合う(=工作開始)予定と知らせている。

 これに対して10月13日、補佐官Yからチェンに次の連絡があった。先日(9月)のチェンとの議論を基に我が部門の北京の指導者に報告した結果として、次の趣旨を伝えている。①北京上層部は、チェンの能力と影響力を評価している。北京はチェンの提案を採用し、資金援助をできる。但し、②台湾対策については、現在は活動を始める時期ではなく、選挙後に台湾を訪問する議員に対して妨害活動を行うべきであると北京は考えている。妨害活動の開始は別途北京が指示するが、その際は、北京からの資金援助も得られる。③ロサンゼルス郡政委員の件について、現職ではない前委員に対する工作は、北京は承認しなかった。但し、補佐官Y個人としては、前委員を経由して現委員に接近する手法に賛成であるので、天津としては、食事や会合程度の社交のための当面の資金を援助できる。現委員との接触に成功すれば北京の支援を期待できる。④チェンが動員できる各種中国人グループや宣伝に使える中国語メディアの一覧表を送って欲しい。北京上層部に記録として提出し、その後、チェン提案の工作を開始することができる。【註:FBIは本記述によって、チェンが中国諜報機関に雇われた協力者ではなく、機関の幹部級職員であることを示している。】

 その後、チェンの携帯電話のメッセージ通信の分析から、11月14日に、チェンは中国山東省臨沂市で、再び行政責任者Xと補佐官Yと会談しようであるが、その日の内に、チェンは補佐官Yに、接触している米国の多くの中国系指導者達のリストを送信した。

 翌15日にチェンは米国に帰国したが、その前に、補佐官Yはチェンに対し、中国内でのチャットの全面削除と、米国からの通信はボイス・メッセージで行うことを指示し、チェンはチャット履歴を削除している。【註:この記述部分から、FBIはチェンの携帯電話を押収した後に、削除されたチャットの履歴など相当量を復元できたことが分かる。】

 その後も、チェンと補佐官Yは、しばしば連絡を取り合っており(11月30日、12月8日、翌2023年1月1日、1月2日、1月16日など)、地元の政治工作、アイリーン・ワンの選挙当選、ヤオニン・スンの活動、次回の天津訪問などについて、意見の遣り取りをしている。

 FBI捜査官の宣誓供述書は、以上の記述から、チェンを中国の党統一戦線工作部系統の幹部と推定している。

(イ)チェンと「610弁公室」の関係

 チェン自身は、違法な法輪功対策で検挙されたのであるが、法輪功対策に関連するFBI宣誓供述書の記述で興味深い点は次の通りである。 それはFBIはチェンの勾留中の同房者から情報収集をしており、チェンが同房者に語った所によれば、チェンは中国の工作員であり「610弁公室」のために働いていると話していた。またチェンは、30年前に米国に移住してきた際(1993-94年頃)に、「610弁公室」から一時金として25万ドルを支給され、以後、毎月5万2千ドルの支払いを受けてきたと述べている。「610弁公室」とは、法輪功弾圧の司令塔であり、党統一戦線工作部、国家安全部、公安部など種々の機関の法輪功対策を統括している。1999年6月10日に法輪功が禁止されたことに因んで付けられた名前である。天津市にも事務所を置いていた。但し、チェンが米国に移住した頃には、中国政府による法輪功弾圧が本格化する前で、「610弁公室」も未設置である。また、「610弁公室」は2018年には廃止されて、その任務は党中央政法委員会に移管されたと言われている。従って、チェンの発言の正確性については疑問がある。

 確かなことは、チェンは中国諜報機関の指令を受けて米国に移住してきたこと、移住に際して相当額の初期活動資金を受領したこと、その後も継続的に活動資金を受領して来たことであろう。捜査資料によれば、現在チェンは、個別の工作活動について、それぞれ経費を見積り、中国当局から資金の支給を受けている。 

(2)リン・フェン(林鋒)チェンの手下、44才(2024年11月現在)

 カリフォルニア州ロスアンゼルス市在住。中国籍で米国の永住権を保持。 チェンの法輪功対策で動員されたチェンの手下であるが、その以上の詳細は不明。

(3)ヤオニン(マイク)・スン(孫耀寧)チェンの右腕、65才(2026年2月現在)

 カリフォルニア州ロサンゼルス市の東、サンベルナルド郡チノ・ヒルズ市の住民。海外華僑社会で彼は文化活動によって広く知られている人物である。

 スンは、中国では人民解放軍(武漢軍区)での勤務経験があり、米国には1996年に移住してきたが、報道では、米国に帰化はしておらず、中国籍である。移住の年の1997年からジョン・チェンのために工作活動をしており、チェンの右腕と評価されている。

 スンは、2018年頃に地域の活動家であったアイリーン・ワン(王愛林)と親密な関係になったようであり、両者は、2020年末から、地域の中国系米国人向けのニュース・サイト「米国ニュース・センター」を運営していた。その後スンは、2022年11月にアルカディア市政委員会(5人)に立候補したアイリーン・ワンの選挙運動を仕切って当選させた。2022年12月の市政委員会でワンはスンを「私と共に歩いている婚約者であり、私の真の指導者である」と明言していたが、後に彼女は2024年春には関係を解消したと発言している。

(4)アイリーン・ワン(王愛林)アルカディア市長、58才(2026年5月現在)

 地元紙報道と宣誓供述書によると、約30年前の1995年に中国から米国カリフォルニア州に両親と共に移住してきた。父親は四川省で内科医をしていたが、米国に来て南カリフォルニア大学に職を得た。また、母親は漢方と針の医師であった。米国に帰化しているが、その他の経歴は不詳である。

 現在アイリーン・ワンは、ロスアンゼルス市の東、ロサンゼルス郡アルカディア市に居住し、地域活動家として頭角を現しつつあった。アルカディアは裕福な郊外都市で、2020年の人口が約5万6千人であるが、その65%はアジア系であり、特に中国系富裕層の人口が急増した都市である。

 ワンは、2020年末から2022年にかけて、当時の婚約者ヤオニン・スンと共に、地域の中国系米国人向けのニュース・サイト「米国ニュース・センター」を運営していた。その後、ヤオニン・スンが選挙運動を仕切って(選挙資金責任者として届出が出ている)、2022年11月にアルカディア市政委員会選挙に立候補して初当選。同市の市政委員は5人で、委員が輪番で市長を担う制度をとっており、ワンは2026年2月から市長を務めていた。市政委員会の下にはシティ・マネジャー(行政管理者)が置かれている。

 以上の4人がジョン・チェン工作網で摘発された工作員と協力者である。


[1] 「統一戦線工作」(United Front Work)とは、一言で言えば「敵を減らし、味方を増やす」共産党の基本的政治戦略であり、共産党以外の個人・団体・社会勢力を取り込むことによって、批判勢力を弱体化し、協力者を増やし、中国政府寄りの世論を形成し、中国系初め社会を影響下に置くための政治工作である。このため、華字紙などの中国語メディア、商工会・同郷会・慈善団体など各種のコミュニティ組織、地方議会・議員などが工作対象として重視される。

[2] United States v. Yaoning Sun, Criminal Complaint, No. 2:24-MJ-07416-DUTY(C.D.Cal. Dec. 17, 2024)

【最終補正:2026年6月7日】

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

Close