~外国政府代理人届出義務違反罪(刑法951条)~
FBIのNY支局は、2023年5月にカリフォルニア州を拠点とする中国の工作員ジョン・チェンとその共犯のリン・フェンを逮捕しました。犯罪容疑は、中国政府の代理人として無届で活動し、法輪功弾圧のために内国歳入庁職員に対して贈賄をしたことです。その後、2人は司法取引に応じて、2024年秋にそれぞれ拘禁刑を宣告されています。 ジョン・チェンは、カリフォルニア州内の中国工作グループのリーダーであり、チェンの摘発を切掛けに、その後チェンの工作グループの摘発が続き、2026年2月にはヤオニン・スンが拘禁刑4年の実刑判決を受け、また5月にはアルカディア市長(当時)のアイリーン・ワンが有罪を認める司法取引が公表され、ワンは市長を辞職しています。
ジョン・チェンの事例は、中国による工作手法、そしてこれに対抗するFBIの捜査手法の両面で興味深いので、本事件の概要を、司法省の公表資料[1]、FBI捜査官の宣誓供述書[2]を基に紹介します。
1 ジョン・チェンとリン・フェン
主犯ジョン・チェン(陳軍)は、カリフォルニア州サンベルナルド郡チノ市在住。米国籍。1990年代前半に中国当局の指示を受けて米国に移住し、米国籍を取得して、中国当局のために工作活動をしてきた。71才(2024年11月現在)。本事件では天津市に所在する法輪功対策の司令塔「610弁公室」の指示を受けて活動したと自供している。 共犯のリン・フェン(林鋒)は、カリフォルニア州ロサンゼルス市在住。中国籍で米国の永住権を保持。44才(2024年11月現在)。
2 事件の概要
チェンとフェンは、2023年1月から5月の間、法輪功信者を弾圧し圧迫するために、司法省に無届で中国政府職員Cの指揮下で活動した。ところで、法輪功信者が運営する神韻芸術団(2006年ニューヨーク州で設立)は、国際的に知られた公演団体であるが、非営利法人として法人所得税免除や寄付金控除団体の資格を持っている。チェンらは、内国歳入庁の告発制度を悪用して、この非課税資格を剝奪しようと工作したのである。具体的には、チェンが、内国歳入庁に対して神韻芸術団の税法違反を告発すると共に、内国歳入庁職員A(実はFBI仮装身分捜査官)に対して、税法違反の監査が開始されれば5万ドルの成功報酬、また、告発が成功して非課税資格が取り消された場合の報奨金の60%の支払いを約束し、協力を依頼したのであった。内国歳入庁の告発制度では、告発が成功した場合には税収増加額の15~30%が告発者に報奨金として提供されることとなっている。
チェンとフェンは、2023年5月24日に次の4罪の容疑で逮捕され、6月9日に起訴された。
① 司法省に事前の届出をせずに、中国政府及び中国政府職員Cの代理人として活動したこと。合衆国法典18篇951条(外国政府代理人届出義務違反)。
② 米政府公務員Aに対して、税法違反告発制度の不適切な運用を求めて、5千ドルを手交し、更に5万ドルの成功報酬を約束したこと。同201条(贈賄)。
③ チェンとフェン2人による上記①と②の犯罪の共謀。同371条(犯罪の共謀)。
④ 犯罪(贈賄)のために、1万ドルを超える資金を国外から国内に持ち込む共謀をしたこと。同1956条(h)項(国際マネロン違反の共謀)。
その後、2024年7月24日、チェンとフェンは、司法取引で①と②の罪についてのみ有罪答弁をした。チェンは2024年11月19日に、拘禁刑20ヵ月、釈放後の保護観察3年間及び没収5万ドルが宣告され、フェンは同年9月26日に、拘禁刑16か月が宣告された。
3 神韻芸術団に対する妨害工作とFBIの囮捜査の経緯
この事件は、中国工作員の活動手法とこれに対するFBIの捜査手法がよく分かる事例である。FBI捜査官の宣誓供述書によって、事件の経緯と捜査状況を時系列に添って見てみよう。
先ずジョン・チェンは、内国歳入庁に対して神韻芸術団の税法違反を告発することを計画し、協力してくれる内国歳入庁職員を探していたとみられる。そのための仲介者を求める過程でBに行き着いたと見られる。Bの職業は記載されていないが、過去のFBIの検挙事例から判断して、ニューヨークの私立探偵と推定される。Bは、チェンから接触を受けると、FBIに連絡してFBIの指導の下に囮捜査が開始される。<私立探偵BのFBI協力>
2023年1月21日、チェンはBに電話で、法輪功壊滅という中国政府の目的を達成するために、法輪功を監査するように内国歳入庁職員を買収できないかと申し向けたところ、Bは内国歳入庁に友人が居るので手助けできるだろうと答えた。これ以降、チェンはBに何度も電話連絡をしているが、通話は全て録音され、FBIに提供されている。<チェンとBの通話録音>
その後チェンは、Bから内国歳入庁ニューウィンザー事務所職員A (実はFBI捜査官)の事務所連絡先を教えられ、2月上旬には、チェンは内国歳入庁のA宛に、神韻芸術団の非課税資格に関する告発を提出する。<内国歳入庁の協力>
2月10日、チェンは中国に向け出国し、同19日に帰国する。この後、チェンはBに対して、暗号化通信アプリ(WeChatと推定される)で音声ノートを2回送信して、Aについての追加情報を要求している。
3月20日には、チェンの上司である中国政府職員Cが、Bに電話をして、チェンとAとの直接面会の斡旋を要請した。25日には、チェンがAにメールで初連絡を取り、その後の遣り取りで、5月15日に内国歳入庁ニューウィンザー事務所での告発のための面会が約束された。<A仮装身分捜査官による囮捜査>
その後、チェンは訪中し、5月8日に帰国したが、到着したロサンゼルス空港の税関の二次審査(別室審査)では、約1万4百ドルの現金所持が判明している。なお、チェンはそれより前の2022年11月15日にロサンゼルス空港で再入国した際の二次審査では、約5万2千ドルの現金所持が判明している。<税関との協力>。翌9日、チェンはAに電話をして正式面会前日の14日に内密の会食に招待した。
5月12日には、チェンがフェンに対して電話通話を行い、チェンが在米中は、中国政府職員Cからの指示は、中国に基地を置く暗号化通信アプリ(WeChatと推定)を通じて受けとることとするが、指示の記録は削除すること、万一Aとの会合で予期せぬ事態が発生した場合にはフェンが直接Cに報告することを協議した。<司法通信傍受>。 【註:これまでは、中国政府職員Cとの連絡は全てチェンを経由していたが、チェンはフェンを連絡網に入れた上、更にフェンに緊急時のCに対する連絡方法を指示している。これは、中国当局やフェンが、FBIの囮捜査の可能性を警戒していたことを示している。2022年には、私立探偵の絡んだ囮捜査で中国工作員2人が摘発されており[3]、警戒するのは当然であろう。】
5月14日、翌日の内国歳入庁事務所での正式面会に先立ち、チェンとフェンはAと、ニューヨーク州ニューバーグ市のレストランで内密に会食。ここでチェンは、税法違反の監査が開始されれば5万ドルの成功報酬、また、告発が成功して非課税資格が取り消された場合には内国歳入庁からの報奨金の60%の支払いを約束した。会食中、チェンはAと一旦中座して、Aの自動車内で手付金として1千ドルを手交した。
5月15日、チェンは、内国歳入庁ニューウィンザー事務所を訪問し、仮装職員Aに対して、神韻芸術団の非課税資格について告発の内容を説明した。この面会は、内国歳入庁が告発を受けた際の標準的な業務処理手続である。<内国歳入庁の協力>
続いて16日には、チェンとAはメールや電話の遣り取りをしたが、Aは内国歳入庁監査部が神韻芸術団に係る告発を正式に受理したことを示す偽装文書を送信した。これを受けて、チェンはフェンに電話をして、フェンがAに手付金の残り4千ドルを届けるよう指示すると共に、自分は「天津」に報告すると述べた。<司法通信傍受>
5月18日、フェンは現金4千ドルを持って、ロサンゼルス空港からニューヨークJFK空港に飛行し、同空港でAに現金を手交した。フェンが現金を手交した後にチェンがAに電話をして、6月に訪中して報酬の現金を調達して来る旨、そして、7月末と8月初の2回に分けて、約束した報酬5万ドルの残金をフェンがニューヨークに持参して支払う予定である旨を伝えた。
この後、5月24日にチェンもフェンも逮捕された。
4 FBIの捜査手法と適用罰則
この捜査の経緯を見ると、FBIは、ニューヨーク市内の私立探偵(調査業界)に協力者を布石しており、協力者からの犯罪端緒情報を得たため、協力者やFBI捜査官によって囮捜査を仕掛け、チェンに贈賄行為を実行させると共に一部始終を証拠化して、摘発に至っている。捜査の過程では、内国歳入庁や税関の協力を得ており、証拠化の点では、関係者による通話録音と司法通信傍受を行っている。
また、適用罰則では、贈賄罪と合わせて、外国政府代理人届出義務違反罪が適用されている。
本件のような事案について、我が国では、租税当局の協力を得た仮装身分捜査・囮捜査は実施されていないと考えられるし、司法通信傍受も適用できないであろうから、摘発は困難であろう。
[1] DOJ,“Illegal Agents of the PRC Government Charged for PRC-Directed Bribery Scheme,” Press Release, 26 May 2023.
— DOJ,“Two Men Plead Guilty to Acting as Illegal Agents of Chinese Government and Bribery,” Press Release, 25 July 2024.
— USAO, Southern District of New York, “California Man Sentenced For Acting As An Illegal Agent Of The PRC Government And Bribery,” Press Release, 19 November 2024.
[2] United States v. John Chen and Lin Feng, Criminal Complaint, No. 2:23-MJ-02744-DUTY(SDNY. May 24, 2023).
[3] 「在外華人の民主化運動に対する妨害阻止工作」(2023年9月20日)参照。本トピックでは、中国の工作員が、工作のためにニューヨーク市の私立探偵に依頼をしたものの、私立探偵がFBIに通報して、私立探偵が囮となって捜査が進められた事例を2つ紹介している。その内、1件は内国歳入庁の内部データの入手依頼が行われている。