~外国政府代理人届出義務違反罪(刑法951条)~
2026年2月9日、中国人ヤオニン・スンは、外国政府代理人届出義務違反罪(刑法951条)で、拘禁刑4年の宣告を受けました。彼は、5月11日に辞任したアルカディア市長アイリーン・ワンの元婚約者であり、本事例も米国カリフォルニア州で展開されている中国による影響力工作の典型例でした。 本事件について、各種司法省発表[1]やFBI捜査官の宣誓供述書[2]、司法取引合意書[3]、各種の新聞報道を基に、事案の概要を紹介します。 なお適用罰条は、外国代理人登録法(FARA)違反ではなく、外国政府代理人届出義務違反罪です。
1 ヤオニン・スンの人物像
各種報道によれば、ヤオニン(マイク)・スン(孫耀寧65才)は、カリフォルニア州サンベルナルド郡チノ・ヒルズ市の住民である。海外華僑社会で彼は文化活動によって広く知られている人物である。 ヤオニン・スンは、中国では、人民解放軍(武漢軍区)での勤務経験があり、米国には1996年に移住してきたが、報道では、米国に帰化はしておらず、中国籍である。
2018年頃に地域の活動家であったアイリーン・ワン(王愛林)と親密な関係になったようであり、両者は、2020年末から、地域の中国系米国人向けのニュース・サイト「米国ニュース・センター」を運営していた。その後、ヤオニン・スンは、2022年11月の全米中間選挙の際に、アルカディア市政委員会(5人)に立候補したアイリーン・ワンの選挙運動を仕切って当選させた。なお、2022年12月の市政委員会ではワンはスンを「私と共に歩いている婚約者であり、私の真の指導者である」と明言していたが、後に彼女は2024年春には関係を解消したと発言している。
ヤオニン・スンは、2024年12月に外国政府代理人届出義務違反罪(951条)と犯罪の共謀罪(371条)逮捕起訴されたが、2025年10月に外国政府代理人届出違反罪1罪で有罪答弁する司法取引で合意し、2026年2月拘禁刑4年の宣告を受けたのである。
2 中国のための政治工作活動
FBI捜査官の宣誓供述書によれば、ヤオニン・スンは米国で活動するジョン・チェン(陳軍、72才位)の右腕として、1997年以来その指揮下で各種の工作活動に従事してきた。ジョン・チェンは中国諜報機関(党統一戦線工作部と推定される)の幹部であり、中国の軍事パレードなど党幹部用の行事に定期的に出席し、また、習近平主席に接見(と写真撮影)を許されるほどの人物である。 ヤオニン・スンは中国の工作員として30年の活動歴を有するので、相当の工作活動を経験している筈であるが、ここでは、司法取引合意書(plea agreement)に記載された活動内容を、一部FBI捜査官の宣誓供述書で補足しながら、紹介する。
司法取引合意書に記載された犯罪事実は、スンが2022年以前から2024年1月以降の間、中国政府の指揮統制下に、他の米国在住者と共に親中国の宣伝活動をするなど、司法長官への事前届出をせずに中国政府の代理人として活動したというもので、具体的な事例として次の各項目が挙げられている。
(1)ウェブサイト「米国ニュース・センター」での宣伝活動
2020年から2023年まで、アイリーン・ワンと共に、中国系米国人の地域コミュニティ向けのウェブサイト「米国ニュース・センター」を運営して、ロサンゼルス総領事館員(複数)の指示を受けて、親中国の記事を掲載していた。時には独自の親中国記事を執筆して領事館員に掲載の承認を求めている。
(2)アイリーン・ワンの選挙運動
2022年を通してワンの選挙運動組織者として、同年11月のアルカディア市の市政委員(5人)の選挙運動を行い、ワンを当選させ、親中国の新進気鋭の政治家を生み出した。
(3)親中国の中核組織の発足
2022年12月7日、親中派の活動家10人程を集めてレストランで昼食会を開催し、その場で「米中友好促進協会」(我々の専属チーム)の結成で合意した。 FBI宣誓供述書によれば、この中核メンバーは、会長Z. D.、副会長ヤオニン・スン、法律顧問B.L.、事務局長L. X.、政治コメンテーター2人、アイリーン・ワンの7人である。2023年3月の時点では、スンは、これらの中核メンバーを引率しての訪中を計画しており、旅程の中では山東省臨沂市で中国当局(党統一戦線工作部と推定される)指導者との面会を予定していた。
(4)中国政府向けの活動報告書の起案
2023年2月に中国政府当局(党統一戦線工作部と推定される)向けの活動報告書を起案した。その中で、スンは、今まで、米国要人や文化関係者の代表団を率いて何度も訪中したこと、米中関係を悪化させる敵対勢力や中国の分離主義者と闘ってきたこと、2022年の中間選挙では、アイリーン・ワンをアルカディア市市政委員に当選させ「新進気鋭の政治家」を生み出したことなどの成果を記述した。
その上で、海外の反中勢力、台湾独立派、チベット独立派、新疆ウイグル独立派、法輪功などが活動を活発に行っており各方面に浸透しているが、これらの勢力に対抗して、ロサンゼルスに組織した中核チームを使って行う活動を具体的に提案している。また、2023年7月4日の米国独立記念日に首都ワシントンで行われるパレードでは、ロサンゼルス組織の力を使って、100名のドラム隊(赤ユニフォーム)とフロート車(移動舞台)を出して親中国の行進を組織したいとして、所要費用8万ドルを要求している。
(5)対台湾の活動
2023年と2024年の年中、スンはロサンゼルス中国総領事館員と連絡を取り合い、カリフォルニア州南部における台湾に関連する活動を調整した。特に、2023年4月、台湾の蔡英文総統がカリフォルニア州を訪問した際には、スンは、蔡総統の動静を監視してリアルタイムで総領事館員に報告したほか、蔡総統の支持デモと反対デモ、両方の参加者の写真を撮影して総領事館員に送信していた。更に、蔡総統来訪に関してスンが執筆した記事の「米国ニュース・センター」ウェブサイト掲載について、総領事館員に承認を求めていた。
3 適用罰条
先述の通り、ヤオニン・スンは、2025年10月に外国政府代理人届出違反罪(951条)1罪で有罪答弁する司法取引で合意し、2026年2月拘禁刑4年の宣告を受けた。
4 反響ほか
拘禁刑4年の宣告公表に当たり、アイリーン・ワンの起訴時と同様に、司法省次官補(国家安全保障担当)ジョン・アイゼンバーグ、カリフォルニア州中央地区連邦検事局次席のビル・エサイリー、FBI副長官補ローマン・ロザフスキーがコメントを発表している。ロザフスキーは次のように述べている。「米国民が公選公務員の投票する際には、中国政府のような外国の敵対者の利益ではなく、選挙区の利益を代表することを期待している。ヤオニン・スンは選挙責任者としての地位を悪用して、中国共産党の利益のために我々の政治過程と民主制度を毀損しようとした。本日の科刑宣告は、FBIとその仲間の、国土を防衛し、我々の敵対者の命を受けて米国投票者の意思を毀損しようとする者の責任を問う揺るぎない決意を示すものである。」
ヤオニン・スンの2024年12月逮捕以来の司法省の公表資料や報道資料から、ヤオニン・スンとアイリーン・ワンとの関係は明白であったが、この時点では、アイリーン・ワンは責任を取る素振りを全く見せなかった。
なお、本事件関係のFBI資料でも捜査手法は開示されていないが、FBI捜査官の宣誓供述書の中に、「2023年5月:チェンの逮捕及び(複数の)電話の押収」という表題の項目がある。その項目本文では電話の押収についての言及は全くないが、表題に記載があるところから判断して、ジョン・チェンの端末の押収分析から、多くの捜査資料を入手した可能性がある。
[1] DOJ, “Political Operative Sentenced to 48 Months in Federal Prison for Acting as Covert Agent of People’s Republic of China,” Press Release, 10 February 2026.
— DOJ, “California Political Operative Arrested on Complaint Alleging He Acted as Illegal Agent of People’s Republic of China,” Press Release, 19 December 2024.
[2] United States v. Yaoning Sun, Criminal Complaint, No. 2:24-MJ-07416-DUTY(C.D.Cal. Dec. 17, 2024)
[3] United States v. Yaoning Sun, Plea Agreement, No. 2:24-CR-00186-WLH, Dkt. 5 (C.D. Cal. Apr. 1, 2026)